第668話 『小田原城の北条氏政と椎津城と佐貫城』

 天正八年四月五日(1579/5/1) 夕刻 小田原城

 小田原城は天下の堅城。総構えの城は何重もの広大な堀に囲まれ、その中に街がある。史実では豊臣秀吉の小田原攻めを前に構築されたようだが、今世ではすでに出来上がっていた。

「こりゃあ大したもんだ。ポルトガルや他の南蛮の国には、同じように街ごと城になって堀に囲まれているものが多いと聞くが、こりゃあでかい」

 玄雅はるまさが着ているのは小佐々海軍将官の正装である。

 黒のフロックコートの両腰には縦に金ボタンが付いていて、袖口にあしらわれている金の飾りが階級を表している。白いシャツに蝶ネクタイを締めた玄雅は、大小を差して小田原城へ向かう。

 かみしもでもなく直垂ひたたれでもない。およそ当時の正装とはかけ離れた服装は、こちらはこちらのルールに則って正装している、あなた方に合わせる事はない、という玄雅の意思表示であった。




 玄雅は小田原城の偉容に感嘆してはいたが、目的を忘れてはいない。

 北条氏政と面会して現状をわからせ、上総から兵を撤退させる事を認めさせる為である。条件交渉でもなく一方的な通告で、彼我の力の差をわからせ、ねじ伏せるつもりだ。

 その後の損害賠償や条件の交渉は、家中のお偉方(背広組?)の仕事である。
 
 御幸の浜に上陸し、そのまま本丸の正門である常盤木門ときわぎもんへ向かう。正門のため他の門と比べても大きく、堅固に造られている。多聞やぐらと渡櫓門を配し、多聞櫓には武器等の貯蔵庫がある。

 門番に来訪の旨を伝え、城門をくぐり、本丸へ向かう。途中北条家の家臣が出迎えた。玄雅は簡単に挨拶をすませ、天守へ向かう。広間に通された玄雅の前に、やがて北条氏政が現れた。

「お初にお目にかかります、それがし、小佐々内大臣様が郎党、小佐々海軍第四艦隊司令長官、五島孫次郎と申します」

 玄雅は頭を下げるが、正対して物怖じすることなく、まっすぐに氏政を見据えている。

「相模守である。して、こたびは何用じゃ? 小佐々家とは先の戦で和睦をなし、その後は特によしみを通わす訳でもなく、敵でもなく味方でもなくというのが、正しき間柄だと存ずるが……」

 氏政はいったい何事かと言わんばかりに、シラを切って何食わぬ顔をしている。玄雅は笑みを浮かべて返す。

「初めに申し上げますが、こたびは求めでもなく、願いでもなく、通ちょうにござる」

「なに? 通牒とな? はて。何の事やらわからぬが、それに何ゆえにわれらが小佐々家から通牒を言い渡されねばならぬのじゃ?」

 玄雅は少しだけ軽いため息をつき、続けた。

「では申し上げます。我ら小佐々家は、盟により里見佐馬頭様・・・・の敵を排すべく、佐貫城下の磯谷崎にて敵と遭遇し、壊滅しました。敵は佐貫城を攻めており、そちらにも降伏の遣いをやっております。椎津城も千葉家から攻められているようですが、そちらは佐馬頭様が陣頭にたって戦っております」

 玄雅は事実を淡々と告げた。氏政は微動だにせず、ただうなずくのみだ。

「ほう、そうか。……ふむ、ではこちらも言わせてもらうが、我らは里見の求めに応じて兵を出したに過ぎぬ。何故なにゆえに小佐々と事を構えねばならぬのだ。ただの内訌ないこうではないか。奸臣かんしんの正木憲時を討たんがために助勢を願うと求められれば、動かざるをえぬ。房総の乱は人ごとではないからの。こちらに飛び火しても困る」

 氏政の反応は想像以上に冷ややかだった。まるで他人事のようである。自分の艦隊が壊滅したのに何の感情も表に出さないのだ。信じていないのか、あるいは怒りに震えているのを必死でこらえているのか。わからない。

「……相模守殿、さきほども申し上げましたように、これは通牒にござる。貴殿の家臣が語ったところによれば、里見義頼殿から正木大膳亮だいぜんのすけ殿討伐の助勢を頼まれたとの事。されど先代里見義弘公が定めた世継ぎは、梅王丸様改め佐馬頭様・・・・(義重)。義頼殿こそが謀反人なのです」

 玄雅は真っ向から氏政を見据え、強い口調で述べた。

「我が勢は佐馬頭さまのかみ様の求めにより義頼殿を討つべく房総に赴いた。義頼殿に与する貴殿の勢も敵と見なさざるを得ん。ゆえに貴殿の艦隊は我が艦隊に討たれた。これ以上抗うは詮無き事。尊い命を捨てるだけにござろう。早々に上総より兵を退くがよかろう」

 氏政は冷静に構えていたが、わずかに顔が引きつっているのがわかる。手に持っている扇子が今にも折られそうである。

「それは我らを脅すと言うのか?」

「……脅すなどと。それがしは『せよ』とは申しておらぬ。『退くが良かろう』と申したのだ。それ以上でも以下でもない。我が勢はご覧の通り。これは武士もののふから武士への通牒である。御屋形様は戦を好まれぬ。房総の覇権争いに巻き込まれるのは、相模守殿も不本意であろう」

 玄雅が言っている事は氏政には到底我慢がならない事ではあったが、事ここにいたってはどうする事もできない。虎の子の艦隊は壊滅し、これ以上無理をすれば、譲歩している純正の怒りを買う事になりかねない。

 そうなれば小田原城が戦火に見舞われるのだ。

「……ふむ。言わんとすることは分かった。されど今ここで我が勢が退けば、我らを信じ兵をあげた義頼殿を裏切る事になる。勝敗は兵家の常とは言え、わが北条が不義の汚名を着るのは我慢がならん。それに義頼どのはいかが相成るのだ?」

 理解できなくもない、という表情を見せた玄雅であったが、氏政にこう告げた。

「相模守殿、さよう、仰せの如く勝敗は兵家の常にござる。相模守殿は求めに応じよく戦われたが、さればこそ、ここで退いても誰も非難いたしませぬぞ。義頼殿はわからぬが、切腹は免れぬであろうな」

 ……。

 ……。

 ……。

 どれほどの時が流れたであろうか。

 氏政は玄雅の要求をのみ、全軍に撤退を命じたのであった。北条勢の撤退を受けた後、義重軍の動きは早かった。上総の兵全軍と国人をあわせた1万の軍勢が安房の義頼の居城勝山城を取り囲んだのだ。

 こうなっては安房の国人衆の離反はさけられない。我先にと逃げだし、義重に恭順の意を示したのだ。勝山城に残る兵は800足らず。義頼は命と引き換えに城兵の助命を嘆願し、自刃した。

 ここに房総の騒乱はわずか数日で幕を閉じたのであった。




 次回 第669話 (仮)『上杉景勝と上杉景虎。そして氏政への上洛命令』









 -政務・研究・開発状況-

 戦略会議室
  ・明国とは現状維持を図り、女真族との友好路線を継続。東南アジアにおいては再度のスペインの侵攻に備える。国内では既存地域の殖産興業と北方資源開拓。奥州諸大名の大同盟参加と、北条の孤立化を図る。

 財務省
  ・税制改革ならびに税収増加を計画。
 
 陸軍省
  ・8個師団体制と練度の向上。
  ・歩兵用迫撃砲(小型の臼砲の開発)、砲弾の研究。
 
 海軍省
  ・8個艦隊体制と練度の向上。
  ・南遣艦隊による東南アジア全域の視察と警備。

 司法省
  ・小佐々諸法度の拡充と流刑地の選別と拡充。

 外務省
  ・ポルトガル本国、アフリカ、インドや東南アジア諸国に大使館と領事館を設置。入植の促進と政庁の設置。呂宋総督府の設置。

 内務省
  ・戸籍の徹底。

  ・天測暦、天測計算表の出版。

 文部省 
  ・純アルメイダ大学、アルメイダ医学校の増設(佐賀は完了。筑前立花山城下を検討中)。

 科学技術省 
  ・製鉄技術の改良と向上
   
  ・蒸気機関を用いた艦艇、輸送機関の開発。

  ・雷管(雷こう)の研究開発。

 農林水産省 
  ・米の増産と商品作物の栽培育成。|飢饉《ききん》時の対応として、芋類の栽培推奨と備蓄。

 情報省
  ・国内(領内・領外)、国外の諜報網の拡充、現地住民の言語習得と訓練等。
 
 経済産業省
  ・領内の物価の安定と、東南アジア諸国の産物の国内流通と加工等。

 国土交通省
  ・領内の街道整備と線路の拡充。港湾整備。

  ・地図、海図の作成。

 厚生労働省
  ・公衆衛生の意識と環境の向上。浴場の設置。農水省と協力して食糧事情の改善と、肉食の推奨による栄養バランスの向上を図り病気の予防。

  ・疫病発生時の対応マニュアルの作成。
 
 通信省
  ・飛脚等、官営から民営化を図る。駅馬車、乗合馬車等の民営化。

 領土安全保障省
  ・他国からの入領者に身分証明書の提示と、疑いのある場合は身体検査を行う。港では乗員名簿の提出と検査の徹底。大同盟諸国に対しては、身分証明書の発行を依頼。

  ・特定の人物に関しては、人権を損ねない範囲で監視を行う。

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