第675話 『北条の返事と大同盟政府へ。ガス灯、点る』(1580/2/29) 

 天正九年二月十五日(1580/2/29) 京都 大使館 

「北条より文が届いたが、まさに予想通りだな」

 純久が言う。最近は純正が京都に詰めているので、業務は可能な限り補佐の親長や佐吉に任せている。石田一家は能力が高い。父親の正継は京都における外務省の古株であるし、兄の弥三郎(正澄)も実務能力が高い。

 ちなみに佐吉は正八位上の治部少録じぶのしょうさかんだ。純久も従五位下治部少輔じぶのしょうとなり、外務省の利三郎は正五位下治部大輔じぶのたいふ、父親の政種は従四位下弾正大弼だいひつとなった。

 純正があまりにも三識を固辞するものだから、外堀から埋めようとの心理作戦なのかもしれない。

「うん。まあ、ホント予想通り。でもイスパニアも倒したし、小笠原を経た交易も出来なくなったでしょ。こっから先はジリ貧なんじゃねえかなぁって」

 純正は完全に現代語モードである。

「それで、北条はいかがいたす?」

「まともに上洛するとは思ってなかったから、放置でいいと思う。上洛の大義名分さえ出せば、しなきゃならなくなるでしょ」

「大義名分……か」

 純久は純正がまた何か企んでいるのではないかと思い、興味本位で聞いてみる。

「そう。正直なところ氏政が俺と同じ考えで、本当に領民の事を考えているなら、今後は領土を広げずに大同盟に加盟して、佐竹や宇都宮の侵入を回避するはずじゃない?」

「そうなるか?」

「そうだよ。まあ、完全じゃないにしても、延々と続く戦にはうんざりしている。でもなんで、何度も送ってる加入の誘いに乗ってこない? 俺に逆らうとか従う以前の問題じゃないの?」

 要するに逆らう気はないけど、関東(以北も)の事はほっといてくれ、という意味なのだ。

「ではつぶさにはまず、何をいたす?」

「うーん。考えていたんだけどね。三識三識ってせっつかれるし、信さんにはなれば良いって言われるし。ていうかなったらなったで責任重大でしょ。今まではイスパニアの件があったから、国内が後回しになってたのは否定できない。……で、組織編成と大阪に大政庁を造ろうと思う」

 純正は数年前に大坂の坂の字を阪に変えた。理由は史実の通り。

「大阪に? まさか……」

「うん、諫早より大きな政庁を作って、みんなそこに住まわせる」

「それはいささか……」

「うん。多分反発が起きると思う。でも、いずれはやらなくちゃならないと思っていたんだ。領主でもあり、国政に携わる官吏として、どうしても必要な事なんだよ。意識を自分の領地から国へ持っていかないと。もちろん領国も大事だよ。おれだって諫早大事だもん。でもそうなると中途半端じゃん。領地あってこその国(日本)だけどね」

 江戸幕府のような仕組みなら、純正の譜代(三好、山名、毛利三家、宇喜多、三村、尼子、長宗我部、安芸、一条、大友、伊東、肝付、島津、相良、阿蘇、宗、宇久等々)が政治を行って、他の大同盟は地方分権で領地経営に専念する。

 明治政府と江戸幕府の中間みたいな政治形態で、各大名に参政権があり、かつ地方自治も行うパターンである。しかし江戸幕府のパターンなら、参勤交代などで大名の力を削ぐ必要がある。

 純正はそのあたりの資金負担をどうするかを考えたが、いわゆる単身赴任形式である。室町幕府の在京守護のようなものだろうか。ただし、国許の第三者が力を持たないように監視はする。

 まだ草案の段階だったが、おぼろげに見えてきたのだ。

 しかし、純正の政治構想がどこまで理解されるだろうか? 

「大阪の政庁の建設は、おそらく五年以上かかると思う」

「五年! ?」

 純久は驚いて聞き直した。

「そう。あえて京都にはおかない。朝廷はあくまで宗教的な存在で、儀式等を執り行ってもらうんだ。大して今と変わらないと思うから、こっちは反発がないと思う」

「うむ」

「その上で天子様に行幸を願う。ここで、氏政に上洛を要請(命令)するんだ。中央政府としての体裁が整って、天子様の行幸となれば、断ればそれこそ不敬でしょう」

「なるほど」

 純正は秀吉がやった手法を丸パクリするつもりだ。

「そして省庁再編を行う」

 そう言って純正が示したのは以下の通りだった。

「これはほんの一部だけど」




 文部省の所管として学校教育の拡充を行う。
 
 小学校~高校の充足や幼稚園、専門高校、大学の設置・拡大を進め(大学は現在立花山城下を計画中で3校目)、既存の小佐々領内以外の地を含め、北方・南方の開拓地にも拡大する。

 ただし、普通に考えれば軍事技術や産業技術など、小佐々の国力の源であるものを共有しようというのであるから、国力の分布は必ず以下の通りとする。

 中央政府>小佐々>諸大名として、かつ中央政府内では小佐々の力を一番とする。

 地域における学習格差を埋めるため、大学を卒業したものでも専門技術・知識を学ぶために、専門学校ならびに夜間学校や通信学校を設立する。

 労働基準監督署(仮称)を設置して労働者の最低賃金や権利を保障する。経済産業省の外局として、特許に関する役所を新設。資源を管理する庁も新設。

 国土交通省の外局として、気象情報の収集管理(主に軍事目的と、農産物関連)を行う庁と、観光資源の育成を管理等を所掌する庁を新設。税収の向上を図る。

 財務省の外局として徴税局を新設し、租税の適正な確保を図る。農林水産省内部に本庁(農業)、水産庁、林野庁を設置。

 外務省の内局であった流民管理局を内閣(戦略会議室)の直下として、流民ならびにその他の保護者がいない子供の保護と教育を司どる庁を新設し、支援する。




「これは、かなり危うくないか? 下手をすれば小佐々の屋台骨が揺らぐぞ」

「もちろん、考えている。国の事を考えるけど、小佐々ファーストだよ。トランプじゃないけど」

「?」




 ■諫早城

 忠右衛門は部下の技術者から報告を受けるため、居間で待っていた。部屋は障子から漏れる柔らかな光で満たされ、庭の静かな景色が広がっていた。しばらくして若い技術者が書類を抱えて部屋に入ってきた。

「忠右衛門様、お話がございます」

 技術者は深々と頭を下げた。

「うむ、何事か?」

 忠右衛門は穏やかに尋ねる。

「は。新しい灯火の研究についてにございますが、石炭から出るガスを用いた実験が成りましてございます!」

「なんと! ようやった! 子細を申せ」

 忠右衛門は目を輝かせる。

「はい。石炭液(コールタール)から出でた気体(ガス)を灯火として燃やす事を成し、また、反射炉の燃焼気体を用いた灯火も成り、屋敷の中で使う事、能いましてございます」

「おお! 大きな歩みである! これを用いれば、我が家中は大いに栄えるであろう」

「されど忠右衛門様。この気体灯は爆ぜる恐れがあり、それを考えますれば、屋敷内で使うのは適さぬかと存じます。使えば壁が黒ずみ、硫黄や小便担桶たごの臭いを発します。加えて風の通りをよくいたしませんと、めまいや頭痛を引き起こすこともあります」

 忠右衛門の顔が少し曇る、がすぐに戻った。

「うむ、それは確かに問題だ。では、まずは屋外での利用に注力するべきだな」

「はは」




 諫早にて、ガス灯が始まった。




 次回 第676話 (仮)『大阪政庁の見積もりと信長、そして同盟国の面々』

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