第676話 『中央政府構想の波紋』(1580/4/3)

 天正九年三月十九日(1580/4/3) 南近江 大同盟合議所 

「徳川殿。武田殿。此度こたびの所領の件については、大同盟加盟の際の約定の通り、これで仕舞いという事でよろしいな」

「異論ございませぬ」

「異論、……ございませぬ」

 家康は満面の笑みを隠しつつ納得をしたが、勝頼はしぶしぶである。当然ではあるが、武田に有利な状態で大同盟を結んだのだ。その時の家康にしてみれば、屈辱ともとれるような条件だっただろう。

 その代わり、もし何らかの方法で取り戻したならば、それは徳川の所領である、という条件で納得したのだ。

 これは勝頼も承服している。

 ここで異議を申し立て、兵をもってさらに取り返そうとするならば、小佐々はおろか、他の同盟国全てを敵に回すことになる。同盟国同士での領土争いは、これで最初で最後なのだ。




「さて、此度は各家中の当主が集まっての合議にござるが、いかなる題目にございましょう」

 浅井長政が口火を切った。信長はニヤリと笑って純正の言葉を待っている。事前に話していたのだから、心の準備は出来ているのだ。あとは、内容をどう詰めていくか。

 今までの日本にはない仕組みである。

「我らは相互不可侵、盛んに商いを通じて人を行き交わせ、様々な生業を興しては国を豊かにし、戦をなくすために外征は合議をもってなす、と決めてこれまでやってきました」

「うむ」

「然に候」

「左様」

 それぞれが返事をしながら、純正の次の言葉を待つ。

「打ち任せて(簡単に)申せば、我らの上に幕府のようなものを置きませぬか、という発議にござる」

 信長は黙して腕を組んでいるが、他の六人は顔を見合わせる。

「平九……内府殿、それは公方様を廃し奉り、新たに、その、例えば小佐々幕府を開くという事にございましょうや」

 畠山義慶の言葉に、信長以外の全員がうなずき、純正をみる。

「然に候わず。打ち任せてと申したが、公方様は北条に匿われており、何度お戻りになるようお願いしても戻りませぬ。よほどそれがしと中将殿が憎いのでしょう。然りながら、このままではいかぬと、皆様もお思いにござろう? かくいうそれがしも、再三再四、三識への推任の話を断っております」

 純正は朝廷からの願いを何度も断っている事を、この場を借りて言った。

「それは……内府殿、小佐々御家中にしてみれば、この上ない喜びではございませぬか。それに、ここで申し上げるのもなんですが、皆、思っている事は同じにござる。大同盟で対等とは言っても、その実内府殿の小佐々御家中の力には我らが束になっても敵いませぬ。それゆえ多くを学ばんと、肥前まで多くの若者を送っているのです」

 義慶は、『思っている事は同じにござる』のところで、全員を見回す。

「それは、この純正、光栄の至りにございます。されどそれがしは……皆様を従える、という形ではやりたくないのです。すなわち、幕府とは申しましたが、入れ札によって征夷大将軍を決め、わが小佐々をはじめ、皆様の領内の事も決め、執り行うという事にございます」

 純正は、上手い具合に説明ができない。

「加えて申せば、国という大きなくくりの中にそれぞれの領国があり、幕府の法はすべての領国の法より上回る。われらの代表者が合議によってこの国の事を取り決め、それに違わぬ範囲で各々の領国を治めるのです」

 信長が続けて言う。

「すなわち、……仮に幕府といたそう。その幕府における法が最も尊ばれ、各家中はそれに従うということか。されどそれが為には、これは仮にの話ではあるが、従わぬ家中がでた時に、従わせるための大きな力がいるであろう。それを、その権を各家中が分かちながら営むということか」

 誰もが信長の話を聞きながら、自分の頭の中で考えを巡らす。

「然に候。おそらくは、そこが最も難し題目(課題)にございましょう。手前味噌にはなりますが、先ほど畠山殿が仰せのように、この純正は皆様と打ち合うて(戦って)、楽に勝てはしませぬが、負けぬ力はございましょう。然ればこそ時はかかりましょうが、合議による幕府、わが小佐々家中より強き幕府を作らねば、本意の合議とはいえますまい」

 静まりかえった。

 ……何を考えているのだ? 小佐々より強き幕府だと?

 ……内府殿、気は確かなのか? 自らの首を締めているようなものではないか。

 ……平九郎、それは俺たちに利はあっても、小佐々に利がある事なのか?

 ……いずれにしても、房総の地は上方より離れておる。いかなる仕儀となっても、さして変わりはあるまい。

 ……純正よ。一つ間違えば命取りとなる。そうならぬよう、しかと舵取りをせねばならぬぞ。

 ……上杉を大同盟がいかがいたすか。北条の動きも気になるが、悪いようには運ぶまい。




 ■大使館

「御屋形様、お考え直しにはなりませぬか?」

「何ゆえだ」

 直茂が詰め寄ってくる。他の五人も同じ考えのようだ。

「此度の新政府、幕府と呼ぶのか何と呼ぶのかは存じませぬが、やはり小佐々に損はあっても益はありませぬぞ」

 大同盟の議題として中央政府を設置する事を話したのだが、戦略会議室(小佐々家中の内閣)でも、閣僚会議でも、反対の声が多かったのだ。

「確かに、益はないであろう。されど、最も欲しているものは手に入る」

「それは……」

静謐せいひつだよ。皆が、皆の家族が親類が、領民が皆、笑顔で暮らせる世が手に入る」

 純正の言葉にたいして今度は官兵衛が発言する。

「されど御屋形様。静謐であれば、今のままでもよろしいかと存じます。イスパニアを降し、北条の艦隊を殲滅せんめついたしました。しばらくは動きますまい。上杉にしても同じにござる。奥州の諸将にいたっては、上洛を命じれば、おそらくはいたすでしょう。そうなれば、我らを脅かす者はおりませぬ。仮に北条がそむいた時は、成敗すれば良いのです」

(やっぱり官兵衛もこの時代の人間だな。令和の感覚で話をしても難しいか)

「うむ、北条はいずれ、と考えてはいた。されどその後はいかがいたす? この枠組みはいつまで続くのだ?」

「それは、わかりかねますが」

「……前に話した事があるが、何度も何度も、お主らはこの先十年二十年、五十年百年先、俺や中将殿が死んだ時、どうなるかって話をしたのを覚えて居るか?」

 純正は全員を見回して言った。

「憶えております」

 直茂をはじめとして、ほとんどが織田家の留学生を嫌がっていたし、技術供与はもっと嫌がっていた。純正と信長は考えを同じくしているが、その息子や孫はわからない。

 だから、武田と組み、能登と組み、織田を包囲するように伸びしろを奪ったのだ。

「それでこの先は如何いかがあい成るのだ? つまるところ全てを従えねば、何も変わらぬではないか。この大同盟にしろはしたなり(中途半端だ)。五分の盟とは言うても、わが小佐々に敵わぬのはわかっておる。影で不満を抱えて、それが誠の静謐であろうか? それこそ俺が死ねば、皆反乱の狼煙をあげるのではないか? そうさせぬ為に滅ぼす? そこに大義はあるのか?」

 ……。

 ……。

 ……。

「安心いたせ。俺は小佐々を一番に考えておる。だからこその中央の幕府なのだ」




 次回 第677話 (仮)『まず発議した。後はおいおい考えよう。見積もりいくら?』

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