天正十二年八月三日(1583/9/18) 新政府庁舎
「さて方々、此度の言問に入る前に、此の間あった琉球国との仕儀に付いてお知らせを致したく存ずる」
純正は先日行われた琉球国との交渉の顚末を報告した。事後報告ではあるが、情報の共有のために知らせたのだ。
「琉球国との仕儀とは?」
大宝寺義氏が畠山義慶に聞く。新政府加盟国(州)の中では一番国力(州力)が低い大宝寺家は、同じく州力の低い能登畠山家といつの間にか昵懇になっていた。
「薩摩のさらに南方の島国で、清国から冊封を受けている国にござる」
「? その琉球国が、なにゆえ大日本国、いや、内府殿の肥前国……州に?」
「それは分かりませぬ。そのための知らせなのでしょう」
聞かれた義慶も詳細を知っているわけではない。一般論を答えては純正の発言を待った。
「ご存じの通りわが州は、州となる前の家中の時より国力を高め、南蛮との交易をはじめとして、広く世界に目を向けておりました。その中で南方への足がかりとして琉球国とは懇意にしており、此度その琉球国が明国からの冊封を止め、わが国……家中への冊封替えを願い出て参りました」
全員の注目が純正に集まるが、話のスケールが大きすぎて、信長以外はピンときていないようである。海外に対する情報量は当然の事ながら純正が群を抜いており、次いで信長、あとは似たり寄ったりであった。
例の如く、そんな余裕はないのだ。唯一海軍を率いてスペインと戦った織田家のみが、明やスペイン、ポルトガルやその他の海外情勢を小佐々経由で知っているだけである。
織田家も対外諜報に力を入れていたが、新政府樹立にあたって必要がなくなった。必要な情報は肥前国(新政府)の情報省より入って来るし、外務省(新政府)より対外的な対応の結果も届く。
「内府殿、冊封とは従属を意味し、その琉球が明国に服属している事を意味するのではありませぬか? それをわが国(大日本国)の冊封下となすとなれば、明国から反感を招き、戦になる恐れがあるのではございませぬか?」
然に候わずと純正は一言加え、明国と肥前国は台湾の領有問題ですでに冷戦状態にあり、経済においても明国を凌いでいることを伝えた。
「わが国……州においては以前より南蛮の技術を盛んに取り入れ、世羽須知庵一世とも親書を交わして交遊を結んでおりました」
純正はこれまでの経緯と、国としての小佐々州の対外的な立場をかいつまんで話した。
「冊封の変更はあくまで琉球国の意思であり明国に敵対するものではなく、また、小佐々すなわち肥前国、ひいては大日本国が明国と敵対するものではない、と明言しておりますゆえ、ご心配にはおよびませぬ」
純正が改めて説明を繰り返すと、信長が補足した。
「要するに、だ。明国が攻めてきても勝てる。すなわち明国も馬鹿ではないから、そのような戦、琉球をとった利と比べても割に合わぬから攻めては来ぬ、という事にござろう」
信長はニヤリと笑って純正をみるが、純正は苦笑するだけである(言い方!)。
「という仕儀にござるが、大日本国の外交を任されている身としては、最善の行いであったと自負しております。なにとぞご了承のほどを」
純正は深々と頭を下げた。あわてて全員が頭をさげる。
「では、琉球の儀はこれで仕舞いに致しとうござる。……では本日の題目にござるが」
各州から国税として徴収した額のうち、地方の州に対して還付される交付金の使い道である。正確には各州に分配する目安の金額はわかっているので、その使途に関する議論である。
各州は予算が残ってしまえば国庫に戻されるため、多めに予算を計上していかに過不足がないようにするかが課題であった。
「各州の商いを盛んにするためには人の往来をし易くせねばならぬ。その為に街道を整える事で予算を組んだ。此の間お伝えしたとおり、此度は湊についてにござる。各州何れの湊を整え、如何ほどの予算が要るかをお聞かせ願いたい」
純正が促し、各州の代表が一斉に頭を上げて顔を見合わせ、議論が始まった。
「まずは、織田州からお願い致します」
純正が促し、信長が話し始める。
基本的に各州の代表者は当主であり、地方の自治については当主の意向をくんだ筆頭家老が取り仕切っている。純正も三分の二は京都にいるが、残りは諫早に帰っていた。
「我が織田州では、堺湊を整える事を第一義といたす事とした。堺は古より商いの町であり、九州からもたらされる南蛮貿易の重き湊である。湊を広げ、大き船も出船入船能うよう致し、倉も増やすべきかと存ずる。予算としてはおおよそ十万貫となる」
「十万貫!」
その金額に純正と信長以外の議員(大名)は驚きを隠せない。新政府予算は120万貫ほどあり、交付予定の財源も80万貫ほどあるのだが、10万貫ときいて驚くのだ。
しかし、金額的に考えると十分に予算の範囲内である。織田家からは40万貫近い税金が国庫に入っているのであるから、反対意見が出る要素がなかったのだ。
交付金予定の金額だけでも17万貫はある。つまりは自分の金で開発しているようなものだ。
「中将殿のお考え、よくわかりました。ついてはその額の見積もりを教えて頂けますか?」
信長が頷き、詳細な見積もりを説明し始めた。
※港の拡張……約4万貫
現在の港を拡げ、より多くの大船が停泊できるようにするための工事や、新たな桟橋の建設が含まれる。
※波止場の強化と新しい防波堤の建設……約3万貫
港の安全性を確保し、嵐や高潮からの被害を防ぐため。
※倉庫の増設……約2万貫
貿易品や商材を効率的に保管し、貿易の円滑な運営を支える基盤。
※港湾施設の維持管理と、その他の細かい整備……約1万貫
港の道路の補修や照明設備(ガス灯の導入)の更新などが含まれる。
信長が説明している間に、各州の代表者は聞きながら準備を始めた。おそらく自分の番になった時に要求の根拠を聞かれると思い、配下の者に資料を揃えさせているのだ。
いままで自分の裁量で金の使途を決め、新政府となっても、まずは使途があって負担金を考える順番であった。
そのため予算の内訳や見積もりの質疑応答の用意をしていなかったのだ。信長の説明が終わると、予算の使い道が具体的であり、必要性も明確であることが理解された。
「なるほど、中将殿(信長)のお考え、加えてその見積もり、十分に得心いたしました」
信長の見積もりは全て別紙にて詳細が述べられ、その人件費は堺をはじめとした自領の大工や職人、そして人夫であった。雇用を増やして所得を増やし、最終的に税収を増やす。
小佐々に追いつけ追い越せを十数年前からやっているだけのことはあった。
「この儀については方々、御異論ございませぬか?」
あるはずがない。
交付金に関しては、完全に形式的な書類の流れだけになったのだ。
「では御異論がなければ次に……」
詳細な資料がなく、次回に持ち越したのは言うまでもない。
次回 第711話 (仮)『最上の馬揃え』
コメント