天正十四年四月二十四日(1585/5/23) 諫早城 <小佐々純正>
……さて、困った。
困ったというよりも、いま問題は起きていないんだけど、将来的にもしかしたら問題になるかもしれない、という課題で頭を悩ましている。こうなったのは、自分のせいだ。
先月に内務大臣から、改善しておかないと抵抗勢力になるかもしれない、と言われたのだ。
『毛利家』である。
そこで、批判と小言を覚悟で戦略会議室を招集した。鍋島直茂、宇喜多直家、黒田官兵衛、土居清良、佐志方庄兵衛、尾和谷弥三郎の六人である。
一番の古参は弥三郎であり、次いで庄兵衛と直茂、土居清良である。その後直家と官兵衛は同時に参入した。
「御屋形様、お叱りを受けるのを承知で申し上げます。あの時、一戦交えてでも、毛利を減封するべきだったのです」
鍋島直茂が純正に向かって淡々と言った。
あの時と言うのは、小佐々家が四国の伊予を攻めていた時の事である。毛利は小佐々と不可侵を結んでいたにも拘わらず、宇都宮豊綱に支援をして、陰から純正の伊予攻めの邪魔をしていたのだ。
その事実が発覚した際、純正はすぐには行動に移さなかった。
土佐と伊予の仕置きが終わった後、事実を明らかにして毛利に突きつけたのだ。慌てた毛利は小早川隆景を名代に弁明を行い、交渉のうえ小佐々に服属する事を条件に、戦を避けたのである。
純正が出した条件は以下のとおり。
※隠岐・邇摩郡(にまぐん)佐摩村大森の銀山(石見銀山)と仁多郡、美保関と宇竜浦の湊の割譲。
※毛利領国の全ての湊へ小佐々の商船、軍船の寄港、停泊を許可(当然無料)。
毛利領は山が多く石高も少ないために、鉄や銀山、そして湊を割譲させられることは致命的である。これを毛利に要求して、要求をのむならば交戦せず、従属同盟で許したのだ。
これが1回目。
2回目は中国地方の大名の反乱の煽動(未遂)の罪を見逃したこと。赤松や浦上の反乱を煽動したとの疑惑があり、もはや確定となったところで吉川元春の弁明が入り、これを受けて許した事。
毛利の所領を削り、力を弱める機会が2回あった訳だが、純正はこれをしなかった。結果として戦わずに平定し、港や鉱山の権益を得たわけであるが、爆弾を抱えたような形で問題を先送りしてきた形となったのだ。
結果十五年の時を経て、毛利領は小佐々の服属国家として栄え、割譲した権益以上のものを得るにいたった。
純正の誤算としては、他の地域と違い、毛利本家と両川家の結びつきが強く、しかも隣接している事もあって、他地域に比べると中央集権化が大幅に遅れていた事だ。
もちろん、全くなされていない訳ではない。
家臣団が小佐々家(肥前国)に忠誠を誓うのではなく、毛利と両川家に忠誠を誓う状態が、表向きはなくなったとしても、依然としてその可能性をはらんでいたのだ。
「御屋形様、毛利領につきましては他の大名領と同じように中央(諫早)から官吏を遣り、警察をはじめ全ての行政の長官も中央から遣わしております。然れど、未だに毛利に忠誠を誓う者多く、表向きは小佐々に従っても、有事の際に裏切る恐れがないとは言えませぬ。むしろ、その恐れ大かと存じます」
直茂は言った。
毛利家とは、戦をしていない。
今は親族となった龍造寺にしろ、大友にしろ島津にしろ、九州と四国の大名は三好を除いて戦って降している。そのため戦後の仕置きがスムーズに行われ、減封の上で国衆の解体、すなわち被官化が行われた。
しかし毛利の場合は、小佐々の行政支配(省庁の設置等)を受けながらも、多くの者がそのまま残ったのだ。
「……では如何致す? 小早川隆景は良いとして、吉川元春はおいそれとは従わぬぞ」
「御屋形様、我らは御屋形様の郎党にございます。島津も大友も三好も皆、御屋形様の郎党に御座います。然れども、両川は如何にございましょう。彼の者等の主君は御屋形様であり、隆元ではございませぬ」
「うむ」
直茂の言葉は的を得ている。
純正が直茂の言葉を受けて室内を見渡すと、他の五人も同意の様子を示している。宇喜多直家が前に進み出て、純正に向かって言う。
「御屋形様、毛利家の儀は、ただ忠誠の心を問うのみに非ず。彼の家中は我が家中の力をもって領内を富ませて参りました。戦道具は持たずとも、田畑を耕すを生業とし、町人となった元郎党も数多くおりまする。未だに毛利を主君と崇め、一朝事ある時は我らと一戦交えるもやむなしと考えておるでしょう」
純正は六人それぞれの考えを聞きながら、改めて問題の根の深さを感じた。あの時、直茂の言う通りにしていれば、今ここで悩むこともなかっただろう。
しかし戦を避け、平和的解決で静謐をもたらして来たという自負はある。いずれにしても、この問題を解決しなければ前には進まない。遅きに失してしまったが、純正は今ここで改める事とした。
「然れば、つぶさなる案を聞こう」
純正は告げた。
「毛利家の重臣らを他の地の要職に任じ、あわせて我が家中から毛利領の要職に送り込むのは如何にございましょうか」
土居清良が提案する。
「転封、であるか」
純正は清良の案を吟味する。穏やかながら効果的な方法かもしれない。
「あい、わかった。毛利から反論がでるやも知れぬが、俺の政の志(中央集権)を得心しておれば、反乱など起きぬはずじゃ。起きたら、起きたで処さねばならぬがな」
次回 728話 (仮)『毛利だけの優遇措置とも言える』
コメント