永禄六年 十月 伊万里城下
「ごめんよ~」
「へい、らっしゃい! 何にしますか?」
「そうだなあ。まず酒一合と、あと、とりあえず何かみつくろって」
「かしこまりました~。酒一合におまかせ一丁~」
旅人だろうか。いくつもある飯屋で食事と一緒に酒を注文している。
「最近どうなん? 景気は?」
「ようなかね~? 最近は伊万里浦にあんまり荷のあがらんとさね」
(良くないね。最近は伊万里浦にあまり商品が上がってこないんだよね)
店の隅では一組の商人らしき男らが話をしている。
「どがんしたと? (なんで?)」
「いやあ、なんていうか全部平戸に流れよっとさね(流れてるんだよね)。平戸もそうやけど、北松浦の佐々とか彼杵の蛎浦、小佐々領の港に入っと(入る)には帆別銭のいらんけん、流るっとやろうね(流れるんだろうね)」
「そうね? そいは良うなかねえー。(良くない)」
「そうっさ! (そうだよ!)そいに(それに)定期航路の船は、小佐々ん(の)警護料の(が)安からしかよ。なんやったらタダらしか」
「ほんとね!? そいが本当やったら、ちいっと高うしても(高くても)、小佐々領の方が金のかからんけん流るんなー」
「そうやろ? そいとさ(それにね)、関所も金のかからんけん、陸から来る商人もみいんな、伊万里には入らんとさ」
二人の表情は暗い。
一人は地元の商人で、もう一人は商売仲間か取引相手か、少し離れたところの人間か。若干言葉に違いがある。
「二人共どうしたんですか? ずいぶんと暗い話してますね」
なんだい、旅の人かい? と、二人のうち一人が男に聞く。
男は一合とっくりをふたつ、商人用に追加で頼んだ。
「いえ、旅といえば旅なんですが、また平戸に南蛮船が入る様になったって話を聞いたんで、いってみようかと。一年ぶりですけどね」
「まったく困ったもんたいね。物も安かし良かもんそろうとるし、人も多かけんどんどん集まるっさ」
「そうですか。じゃあ、あの噂も本当かもしれませんね~」
「なんね? どがん(どんな)噂ね?」
「いや、小佐々の殿様が伊万里の殿様、攻めるって噂です」
二人が顔を見合わせて黙る。そして笑いだす。
「はははははっ。なんば言いよっとね。そいはなかなか。(何を言ってる? それはないない)」
一人が言うと、もう一人が続く。
「隣の波多様はもう二年前から小佐々の殿様と盟ば結んどっし、伊万里様も志佐様も、こん前の戦で松浦の殿さんが死んだやろ? そいで平戸まで船ば見に行って、一緒に盟ば結んだごたる(結んだようだ)よ。なかなか! (ないない!)」
「本当にそうでしょうか?」
二人は怪訝な顔をする。
「武雄でも、波佐見でも噂になってましたよ……」
前置きをして、男は続ける。
「小佐々様はもちろん、大村様は後藤様と犬猿の仲でしょう? 嬉野塩田をめぐって攻めて取られてを繰り返してます」
二人は話半分に聞いていたが、やがて聞き入るようになってきた。
「例えば、小佐々様が攻められた時、大村の湾から兵を北上して迎え撃たないといけません。けれども唐津方面を押さえていれば、後から後藤軍を攻めて、挟み撃ちにできます。攻める時も同じです」
要するに、唐津から杵島郡、彼杵郡に渡る街道を押さえたら、攻めるも守るも楽になるし、後詰も簡単になるという事だ。
それでも二人には理解しづらいようで、聞き逃すまいとしている。
「もう一つありますよ。実際伊万里の商人さんは困ってますよね? 小佐々はどんどん儲かってるのに。全部小佐々の帆別銭と関銭を廃したのが悪いのでは?」
確かに、という顔をする二人である。
「廃するとしても、せめて通告があってもおかしくないでしょう? なんでいきなりやったんでしょうか? 伊万里の商いをどんどん小さくしていって、金をなくして兵を雇えなくする。そうしたら、戦わなくても勝てます」
力攻めではなく、経済的に締め付けるという意味だ。
「そういう噂が流れているって話です」
二人の顔から笑いが消える。急に声が小さくなり、ヒソヒソと話を始める。
「で、そんなら、いつごろ攻めて来っかな??」
……。
二人が不安にかられた頃、すでに店内に男はいなかった。
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