第88話 『信之介、ボルタ電池にダニエル電池……炭素アーク灯への道』(1847/11/21) 

 弘化四年十月十四日(1847/11/21) 玖島くしま城 <次郎左衛門>

 さて困った。予想通り蔵六が留学したいと願いでてきた。

 いや、留学自体はいいんだ。

 誰もが知る維新の十傑で優秀な人材は、何人いてもいい。
 
 大村益次郎は史実では長州陸軍の総指揮官みたいになっているから、大村藩の陸軍をしょってたつ人材になってくれればうれしい。

 でも、長州や宇和島、そして幕臣なんてものになったらどうなる?

 伊予宇和島藩の伊達宗城は四賢侯として有名だけど、薩長土肥には入っていない。徳川慶喜が朝敵になったら土佐と一緒に中立になっているからかな。

 ん? 土佐は後から薩長側になったのか……。まあそんなこんなで薩長さっちょう土肥には入ってないんだな。

「蔵六よ。お主は我が藩で学んでなんとする?」

 率直に聞いてみた。

「は。まずは未だ知らぬ学問を究めとうございます」

「学問と言うても色々あるであろう? 医学に兵学に語学に舎密学、ここ大村藩では化学と呼んでいるが、工学に農学……数えきれぬ程ある。いかにお主が天才でも、すべてを学びつくすことはできぬのではないか?」

「は。それは確かに仰せの通りにございます」

「医学においては……そうだな、緒方洪庵先生に直に話を聞いた事はないが、奥山先生には、塾頭を務めてもおかしくないほどの知識量だと聞いたが」

「お恥ずかしい限りにございます」

「俺としては、蔵六殿が何を学んでも良いとは考えているが、問題はその後じゃ」

「後?」

 蔵六はきょとんとしているが、本当にわかっていないのだろうか? 学者というものは、そういう所にはまったく頓着がないというか、興味がないというからな。

「もし長州藩が、お主の才を聞き、藩士待遇で迎えたいと申してきたら、なんとする?」

「それは……私はただの村医者の息子にございます。藩士として召し抱えていただくとなれば、この上ない名誉にございます。戻って藩にお仕えすることになるでしょう」

 それだ、それなんだよ。ん? 藩士? いや待て、いま敵になるとか味方とかの話をすれば、長州にだって親もいるだろうし、困るだろう。
 
 もちろん敵にならないように工作はするけど。

「……蔵六殿。お主、我が藩の藩士にならぬか? 殿には俺から進言しておく」

「そ、それは! ありがたいお話にございますが、私ごときにもったいのうございます」
 
「そうだろうか? まず俺は、お主の才を藩のものにしたい。その上で、もしも長州から仕官の話がくれば、それを受けてもかまわぬ」
 
「されど……」

 まあ、困惑するだろうな。いきなり藩士は早かったか?

「では、藩士の話は後からでもよかろう。お主の実績によって、藩士の話もある、と。これならばいかがじゃ?」

「ありがたき幸せにございます。過分なお沙汰にて、お礼の申しあげようもございませぬ」

 将来的に長州がどうとか、幕府がどうとかって話は、いま話してもわかんないだろうからね。

「では話は決まりじゃ。しかと勉学に励んでくれよ」

「はは」

 うっし! ゲットした! まあ、歴史がどう変わるかわからんけど、政治工作しながら、ソフトランディングにもっていこう。




 ■精錬せいれん方 理化学・工学研究所

「まあ人間の脳の容量は決まっているからな。語学も同じ。毎日会話して読み書きしていれば忘れないが、やらないとネイティブでも話せなくなる。化学もなんでも同じなんだ」

 そうブツブツいいながら、山中信之介は二つ並べた装置を眺めながら考える。

 中学や高校の理科の授業で習うものだが、それ以降作る事もなければ、仕組みを思い浮かべる事もない。原理はわかっていても、一応の保険として本を読んで確かめたのだ。

 一つはボルタ電池。

 1800年にアレッサンドロ・ボルタが発明した、最初のガルバニ電池である。この電池は銅板を正極に使い、負極には亜鉛板が使われている。電解液は硫酸が用いられた。

 1794年に発明されたボルタ電堆を改良したものだが、いくつかの問題点があった。

 例えば正極で水素が発生して分極が起こり、電力がすぐになくなってしまうという点。そこで、この問題を改善して持続力のある電池として登場したのがダニエル電池である。

 ダニエル電池は、素焼きの容器で電解液を分離する塩橋を利用し、正極には硫酸銅(Ⅱ)水溶液、負極には硫酸亜鉛溶液を使用した。
 
 それにより起電力の変化が少なく、気体も発生しない実用的な電池として改良されたのだ。

 で、なぜ信之介がこの二つを眺めているかというと……。




「電灯つくって! 確かなんちゃら灯ってのがあったよね。エジソンが作る前。ホントはエジソンの電球がいいんだろうけど、人類の進化の順番じゃあ……ああ、思い出した! アーク灯だ。じゃあよろしく!」




「! まったくあいつはいつも言葉足らずだ! 確かに高炉と反射炉は微調整の段階に入ったし、蒸気機関はドライゼ銃を作り終えた儀右衛門さんがやってるから、暇になったっちゃあ、なったけどさあ……」

 それでも、いくぶんかましになった、という程度である。相変わらず信之介の多忙さは変わらない。なにせ精錬方の総責任者なのだ。
 
 村田蔵六が入って、多少は楽になるだろうか。

(異世界転生ものとか、俺ツエー系の小説は読んだことはあるが、実際はそんなに簡単なもんじゃないぞ。魔法でポンポンでてくりゃあ楽だがな!)

 信之介の想いも当然である。例えば、いわゆる人・物・金が潤沢にあれば、そして一つに専念すれば、短期間で完成させる事もできるだろう。

 しかし、いくら書籍があるとはいえ、書籍だけに頼っては完成しない。史実の佐賀藩が何年も試行錯誤して、結局輸入|銑《せん》に走ったのと同様だ。
 
 高炉銑が必要だと知っていたから、高炉を併設して佐賀藩より早い期間で実用大砲(100%ではないが)ができたのだ。
 
 それに物と金は潤沢にあるが、人がいない! そして複数同時進行のマルチタスクである。




『Nouvelle force maritime et artillerie.Henri-Joseph Paixhans』
(新しい海上戦力と大砲 アンリ-ジョセフ・ペクサン)

 ※付箋紙……目標ペリー来航までね♪




「これも作れってぇ~! ? もういいやろ、ちょっとは休ませろ」

 いや、アーク灯ってそもそも、発電機がいるんじゃねえか?(信之介)




 次回 第89話 (仮)『佐賀藩主鍋島直正、伊東玄朴をして、和蘭より取り寄せたる種痘を藩内に広めけり』

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