永禄七年 二月 五島江川城 宇久純定
五島は宇久純定(39)が統治していた。親平戸松浦勢力である。
いや、だったが正解だ。
純定の祖父が家臣の謀反で死に、父が逃亡先の平戸で育って、隆信の父興信の代に援助を受けて取り返したのだ。
しかし息子の隆信の代では疎遠になり、さらに今となっては、家臣同士の行き来も少なくなっていた。
「今こそ借りを返してほしい」
そう話してくるのは平戸松浦の家臣、加藤源之助である。
「借りと言われても加藤殿。わしが家督をついだ翌年、謀反した奈留島領主を郎党に加えようとしたではないか。それだけでも関係をご破算にできるところを、我らは微妙な関係を続けておった。それに、我らから戦を仕掛ける事などなかったはずじゃ」
加藤源之助は渋い顔をする。
「それに、どのようにして借りを返せというのだ? まさか、幽閉されている源三郎殿やその御嫡男を立てて、小佐々と戦をするとでも言うのか?」
「そのまさかにござりまする。もちろん今すぐではござりませぬ。心配なさらずとも源三郎様の居場所の目星はついておりますゆえ、時期をみて脱出させまする。その後、あの小倅の弟を殺して、源三郎様を平戸松浦の正統な跡継ぎといたします」
「そのような事が本当にできると思っているのか?」
「左衛門尉殿のご助力次第になります。長年反目している後藤や、今は情勢をみて小佐々についている波多や伊万里、志佐も含めた国人衆も、事が起きれば、反旗を翻すに相違ございませぬ」
ございませぬ、か。確約があってきたわけでもないのだな。
「して、それは、平戸松浦の総意なのか?」
「もちろんにございます」
嘘だな。あの籠手田殿がこのような安易な策に同意するとは思えぬ。
「なるほど。しかし即断はできぬ。家臣と協議せねばならぬゆえな。断じて軽はずみな行いはするでないぞ」
心得ております、と答え、源之助は帰っていった。
驚いたな。抜け出してここまで来るのも危険だろうに。あの弾正大弼殿に勝てると思っているのだろうか? 隆信でさえ勝てなかったのだぞ。
もし露見したらそれこそ平戸は潰されるぞ。申し訳ないが、ここは、触らぬ神に祟りなし、じゃ。
■小佐々城 小佐々弾正純正
「なに? 平戸の加藤源之助が宇久純定と会っていただと?」
「は、なにやら源三郎を脱出させる計画に、協力させるためだと思われます」
千方が言う。
「は! 何をバカな。まだ二人共幼いゆえ、幽閉とはいえ監視付きで外出も自由にさせておる。その上二重三重に監視をつけている中、どのように脱出させるというのだ? 周りに協力者などおらぬぞ」
「は、それゆえ、純定も即答せず帰したようです」
であろうな。それにしても呆れてしまった。
「それでも、念には念を入れよ。しばらく監視を強めておけ」
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