永禄七年 十月 龍造寺の須古城侵攻の数日前 小佐々城 <純正>
「弾正大弼殿、これは一体いかなる事ですかな?」
使者の一瀬栄正が言う。
「どうもこうも、ごらんのとおりにございます」
大串の隠し金山が大村純忠にみつかった。
もともと領内にあったとは言え、雪浦村の幸物郷と大村純忠の大串村の鳥加郷は隣接している。鳥加郷といえば言えなくもない、微妙な場所なのだ。だから、隠していたのか。
(千方! なんで見つかったの? しかも純忠に!)
(申し訳ありません。監視が倒されておりました)
(倒? え? 千方の手の者を? そいつらも忍び?)
(はい。命に別状はありませぬが、眠らされておりました)
(味方に忍びだと? もういい加減、ちょっと我慢の限界だぞ)
「ご覧のとおりとは? お認めになるのですか?」
「認めるもなにも、確かに鉱山はございますが、別にやましい事ではありません。どこの戦国大名も、鉱山の一つや二つ持っております。それに大村様の所領で採掘はしておりませぬ」
「なな! 大串村の鳥加郷で採掘をしている、との証言もあるのですぞ」
「何を根拠に。坑道の入り口は我が所領の雪浦村の幸物郷にございます。敵の目を欺くため隠しておりましたが、まさか味方である我々に草の者を放っておいでとは。遺憾にございますな」
「忍びなど、我らは放っておりませぬ。言いがかりを」
なにをしらじらしい。
「おほん。それで、いったいどうなさるおつもりですか?」
栄正は言う。
「なにがでござるか?」
鼻くそほじりたいな。
「金の金山にござる。されば、我が殿は接収する事をお望みにござる。まあ、わが領の金山にござるから、接収もなにもないのですがね。いま行い治む(管理している)弾正大弼どのにも筋を通しておきませぬと」
俺は固まってしまった。あまりの事に驚きを隠せない。
「いかがなされた?」
はあ――まじでため息がでる。
「一瀬殿、そなたは大きな勘違いを二つしておる」
「勘違いとは?」
「まず一つは、先ほども申した様に、そもそも幸物の金山は我々の物にございますれば、渡す道理も渡す気もござらん」
な! !
一瀬の顔がひきつる。
「もう一つは、昨年の戦で我らは、民部大輔様をお助けするために、親族衆三人の命を失った。それはまだいい、盟友を守って死ぬのなら武門の誉れ。義父上も義理の叔父達も、あの世で喜んでおろう」
身構えながら聞いている一瀬に対して、俺は続ける。
「しかして我らは、逃亡した奴らの地を接収して治めた。されどその後、民部大輔様は宮の村を返せ、と仰せられた」
深呼吸して、さらに続ける。
「俺は考えた。考えに考えた。そして、いかなる理由があろうと、十分理不尽な事だと思ったが、父祖の代から続く盟を終わらせる事はせず、お返しいたした。にも拘らず、この仕打はなんだ? 我らとて、決して容易く手に入れたわけではないのだぞ」
俺は少し興奮していたのだろう。
「お帰りくだされ。そして、そのままを民部大輔様にお伝えください」
一瀬はまだなにか言いたげだったが、半ば強制的に帰らせた。
「殿、良かったのですか? 今はまだ大村を敵にまわす時期ではないと思いますが」
別件で登城していた杢兵衛が尋ねる。
「よいのだ。もうそろそろ頃合いだ。それにいずれ、向こうから詫を入れてくるはずだ」
俺は深く息を吸い、吐いてから、ニヤリと笑って答えた。
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