第11話 『ギターとバレンタインデー』

 遡って1985年(昭和60年)1月7日(月) 校舎裏事件が起きる前のホームルーム <風間悠真>

「えーっと、それでは3学期の学級委員を決めたいと思います。立候補する人はいませんか?」

 日直の声が教室内に響くが、オレはそれどころではない。そんな事はそっちのけで正月に買ったギターの教則本を読んでいる。……予想通り誰も立候補しないようだ。

「悠真でいいんじゃなーい?」

「そうだそうだ」
 
 なぜだかわからないが、オレを推薦する声があがり、女教師がオレに聞いてきた。

「風間君、みんなそう言っているけど、3学期もできる?」

「ん? ああ、別にいいですよ……」

 完全に空返事だ。
 
 女子の学級委員は白石凪咲なぎさが立候補し、その後で太田純美あやみと遠野美咲も手を挙げて、3人でジャンケンして凪咲が勝ったようだ。
 
 しかし今のオレにはどうでもいい。

 オレの狙いは中3までに美咲とヤル事だったが、それの候補に純美と凪咲が加わったという事実でしかない(51脳)。中学に入ると、さらにその対象の女が増えるのだが、分母は多いに越したことはないのだ。

「それよりも、だよ……」

 正月の初売りから帰って3日たつが、その3日間は家の手伝いをしなくちゃならなかった。買ったはいいものの、ゆっくり練習はできていなかったのだ。

「悠真~、一緒に帰ろう」

 凪咲がそう言うが、オレは部活動をしていないから時間が合わない。

「いや、ていうかお前バレー部だろ? 2時間も待ってられないよ」

 3時30分に6時間目が終わると部活動は1時間半~2時間行われ、5時半に終わる。凪咲も美咲も純美もバレー部だから、3人から誘われたが、断るしかない。

 ん? いや、音楽室を借りれば問題ないか? いやいや、今はそんな事をしてる暇はない。明日にしよう。今日は帰って練習だ。




 新学期が始まって謹慎を受けたこともあり、さらにオレは部活(?)に入っていなかったから、午後3時30分に6時間目が終わるとすぐに帰って練習を始めた。

 家に帰ってからケースを開け、アンプにケーブルでつなぐ。
 
 ジャジャーン。おおおおお!

「うるさか! なんしよっとね!」

「ごめーん」

 あわてて電源OFF! その後ボリュームを最低にしてONにして、ちょっとずつ上げてちょうどいい音量にする。

『演奏前にチューニングを行う必要があります。チューニングをしないと、楽譜通りに演奏しているのに音が合っていないように聞こえたり、正確な音が分からなくなったりします』

 チューニングってなんだ?

 ああ、これか。チューナーっていうんだな。これを使って音を、正しい音をだす訳か……。適当に指で押さえて、さらにチューニングもしてなかったから、なんか変に聞こえたのか?

 いや、どっちにしても基礎は大事だしね。えーっとやり方は……。




 よし、チューニングは終わった。次は……。

 左手で全部の弦を押さえて……こうか。で、上から全部の弦を振り下ろすように弾く……。

 ジャアアーン。ジャアアーン。ジャアアーン。

 もっと早く、ジャンジャンジャン、ジャンジャンジャン、ジャンジャンジャンジャン、ジャンジャンジャン……。

 うーん、よし、出来た! やっぱりオレって天才なのか? いや、こんくらい誰でもできるな!

(楽しくて楽しくてしょうがない)

 11脳のオレが51脳のオレに語りかけている。ページをめくってどんどん進む。

「ん? なんだこれ? タブ譜? 聞いた事ないぞ、ドレミと違うのか?」

 教則本にはオタマジャクシの下に、なにやら別の線と記号とローマ字(アルファベット?)で、TABと書かれてあった。

 ……? これがタ……ブ……譜?

 えーと、ギターの弦は一番下の細いものを1弦と呼んで、次が2弦、最後の太い1番上の弦を6弦と言う、か。なんかいきなり難易度が上がって来たぞ。

 なんだこれ? 訳わからん記号がいろいろ出てきたぞ。1フレット? 2フレット?

 いや、待て待て待て。ゆっくりやろう。冷静に考えてオレは前世が音楽無知だったんだ(聴くのは好き)から、ゆっくりやろう。

 えーっと、3フレットの……3つ目か。その6弦と、4フレットか。

 なになに、開放弦っていうのは左手は使わないやつね。んーっと、ピッキングはダウンピッキング、ああ、上から下に弾くヤツね。

 C……D……E……F……(うわっ! これ無理やろ?)G……A……B……。




 ……オレの練習は続く。




 ■2月14日

 始業式の日に事件が起きて謹慎になっていたが、数日後、音楽室の使用許可を取った。

 音楽系の部活は小さな学校なのでなかったし、今後は自粛する(なんでオレが悪役なんだよ?)という事と、マスコミの影響で特に問題なく許可が下りたのだ。

 まったく、今も昔もマスコミの影響力はすごいな。

 あれから毎日、練習を続けている。まだ1ヶ月しか経っていないのに、教則本は教科書以上にボロボロだ。開いて見て、読む頻度が違うから当たり前だ。

 チャイムが鳴り、部活動終了の合図が聞こえて、オレは帰る準備をした。

 その頃にはドレミファソラシドがABCDEFGだと思っていたド素人の自分より、多少は上手くなったかな? という実感が、あくまで最初に比べれば だが、芽生えてきた。




「悠真~! はいこれ♡」

 凪咲が持ってきたのは手作りのチョコだった。包装からもそれがうかがえる。

「お! ああ、ありがとね!」

 オレはニコッと笑って帰り支度をするが、凪咲が続けて言った。

「ねえ? 今日は一緒に帰れるでしょ?」

 オレは内心早く帰って練習をしたかったが……凪咲が近い! 

「え、あ、おお、うん……」

 はっきり断れない自分がいた。いや、もちろん嬉しいんだよ。嬉しいんだけど、練習もしたい!

 すでに練習着から私服に着替えている凪咲と一緒に下駄箱スペースへ向かうと、今度は純美がいた。うわ! まずい! と思ったんだが、なぜか何も起こらない。

「はい悠真♡ これ、チョコレート」

「う、うん。ありがとう」

 凪咲と同じく手作りチョコで、もちろん嬉しいんだが、凪咲の手前、どんな表情をしていいのかわからない。とりあえずは、凪咲と同じくらいの音量と台詞、そして表情で受け答えをする。

「一緒に帰ろう♡」

「え、あ……いや、道が……」

 純美の家はオレの家とは逆方向なのだ。そうなると、仮にオレはいいとして、凪咲を待たせる事になる。

「私はいいよ~別に」

 え? なんですと? これは一体何が起きている?

 靴箱を開けると、ガタガタっと音をたてて箱が落ちた。どうやら差出人不明のチョコレートのようだ。

「「ふうん……」」

 という冷たい2人の目線が痛い。

 校門にいくと今度は美咲がいた。美咲は少しだけ怒っているようにも見えたが、いつものツンデレのツンの状態だと言えなくもない。そしてオレたち3人に近づいてきて、言った。

「はい……悠真、これ……」

 ツンが少しデレに変わっている感じがすごく可愛い。11脳のオレは完全に鼻の下を伸ばしている。

「一緒に……帰ろう……」

「え、でも……あの……遠く……なる、よ?」

「大丈夫」

 何がどう大丈夫なのかわからないが、2人とも小さくうんうんとうなずいている。なにがどうなっているんだ?

 結局オレたち4人は家と真逆の純美の家まで歩いて行く……。

 うーん、気まずい。

 時間で言うとオレと一緒にいる時間は純美が一番短く、その次が通り道の凪咲、そして最後が美咲だ。純美は寂しそうな顔をしたが、じゃあねと言って別れた。

 それ以上に残念&心配な顔をしたのが凪咲だ。オレと美咲はその後は2人っきりで帰るのだから、その間の会話や出来事は凪咲や純美が知る事はできない。

「あのね……悠真。修学旅行の事はもう、いいの。ちゃんと説明してくれたし、悠真を信じる。でも……」




 美咲にその先を聞こうとしたら、やっぱり何でもないと言われた。

 なんだか良くわからない。

 小学生も、あと1か月だ。




 次回 第12話 (仮)『魔の”F”はじめての挫折』

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