永禄五年 七月 沢森城
膨大な出費に目がくらみながら、道喜と弥市を前にして、頭をひねる。ガレオン船一隻つくるのに相当金かかるな。増収増益しないといけない。
問題は、どこから捻出するかだ。
「道喜よ。今のしゃぼんの販売量は今後も維持できるか?」
「はい。大変人気にて、おおよそ各都市とも横ばいで推移しております」
「なるほど。では昨年末より試しに作っておった、菜種、鯨油、イワシの油をつかった品質別のしゃぼんはどうじゃ? 売れるか?」
「はい、売れるのは売れまする」
道喜の言葉にほっとする。
「菜種に関しては米の裏作にてできた物が大量にありますので、仕入れ値は要りませぬ。薪・木炭のみにて、同じ値で仕入れができまする」
「なるほど」
「それゆえ、いくらで売ってどれほど売れるか? にもよりますが、椿油は高値にて、各都市の人口の百分の一程度の販売量にございます。京、大阪、駿府、一乗谷、春日山、博多、鹿児島が多うございますので、そこを主として売っております」
「さすがだな。おぬしと知りおうて幸いであった」
政忠の本心である。
「五十文ほどで売って、倍ほど売りさばけば、約五百六十貫の儲けになり申す」
しかし、やはり利益が少なすぎる。
「倍売っても利が少ないな。ではやはり……」
「はい、鯨油や鰯油で作ったとて、同じ価格では売れませぬ。されば倍、三倍売らねばなりませんが、さほど儲かりません。それに何倍にも増やすとなれば、それこそ薪代に炭代が跳ね上がります」
「ではひとまず菜種で作り、市場調査も兼ねて売価を決めていく他ないのう」
「はい、それが良いと存じます」
「弥市、塩はどうだ」
「はい、石炭は煮出し用に十分ありますので、燃料が足りぬ事はありません。また、殿がお話された、煉炭? まめ炭ですか。石灰石と粘土の混ぜ具合を調整して、囲炉裏や火鉢用に使えまする」
「うむ」
「単純に生産高が三倍になるので利も三倍となります。一升平均三十文で販売して千五百貫の儲けになります。が、しかし、供しすぎると値が下がります。あくまで平均とお考えください」。
「なるほど」
「増産して、月に三千貫文。くじらを三倍にして、合計で八千五百貫程度にはなるかと」
(うーん、足りないな。もっと増やさないと)。
「殿、あまりご機嫌がよろしくない様でござりまするな」
「え、あ、いや、そんな事はないぞ」
俺はそう言って右を見る。
女の子がちょこんと座って俺を見ている。
……。
そう。そうなのだ。勘のいい人はもうおわかりだろう。
俺は祝言をあげた。いや、あげさせられた。させられたのだ!
「私がいると殿はご迷惑ですか?」
「いや、迷惑じゃないよ」
迷惑とか言えんやん。そりゃあ、わかっとるよ。当主として、いつかは……って覚悟はしとったよ? でも早すぎん?
まじで。そんな場合じゃないやろ?
南蛮貿易やり出したばっかりやし、領内の産業も見直して増益せんといかんし。周りは予断をゆるさん状況で武器弾薬も蓄えないかんし……それどこじゃなかやろ?
■同刻 小佐々城 沢森政種
「ぐしゅん!」
「どうかされましたか?」
わしは小佐々の殿に聞いた。
「いや、なんともない。平九郎は今どうしているかと思うての。まこと良い時期に祝言があげられたものだ」。
「そうですね。最初は絶対に嫌だ、とつっぱねておりましたが、本当はわかっておったのですよ。いつかはせねばならぬ事を。それが、ごほん、ぐすん、ぐっじゅぐぐ。……今になっただけの事。めでたい事でございます」。
「本当に大丈夫か? 夏風邪ではないのか? 体は大事にせよ。そなたはまだ若いのだから。ぐしゅん!」
大丈夫ですか?
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