1985年(昭和60年)11月11日(月) <風間悠真>
中1男子(オレもだが)のヤツらが来月の10日に始まる『~お騒がせします』の話に夢中(?)になっているなか、オレはさっそく実益と実益を兼ねた計画を実施した。
ここでの実益とは長距離になった下校時間の短縮と、後ろに乗せた女のおっぱい密着ムニュムニュ計画の事だ。これがバイクなら問題ないんだが、下り坂と平地限定。
ハグの感触とバックハグの感触は経験があるが、後ろからバックハグ? は未経験なのだ。ゆくゆくはバイクでやろうと考えつつ、さっそくじいちゃんに相談した。
しかし、バイトもしてはいるがギターの練習にデートにと時間が足りない。服やウォークマンや色んな欲しいものがありすぎて、オレの負債は増える一方だ。
「自転車? なんで? 今までいらなかったろう? なんでいるんだ?」
当然の質問だ。急に必要になる理由がいる。例えばブリジストンのモンテカルロは6万円近くして、ほぼギターだ。
「いや、今までと違って中学で行動範囲が広がったからさ……。ほら、バンドの練習で中学校より遠くに行くし、暗くなれば危ないだろ? バスで帰ってもいいけど、それこそお金がかかるから……」
じいちゃんは目を細めて、オレの話を聞いていた。しかしオレは大事な事を忘れていたのだ。
「待てよ、悠真。お前、4年生の誕生日に自転車買ってやっただろう。なんとかダイナマンじゃないと嫌だってダダごねて。それ、まだ十分乗れるはずじゃないのか?」
じいちゃんは腕を組み、眉間にしわを寄せた。
オレの説明に何か引っかかるものを感じたようだが、まあ当たり前だ。金を出して買ってあげた物が、すぐに飽きられて倉庫行きだったのだから、いい気持ちがするわけない。
やべえな。すっかり忘れていたぞ。でも今さらあんな子供っぽい自転車には乗れないから、頭をかきながら言い訳を探した。
「あ、そうだった……」
言葉に詰まるオレを見て、じいちゃんは首をかしげる。
「どうしたんだ? その自転車じゃダメなのか?」
「いや、その……あのダイナマンの自転車、もう小さくて……」
何とか取り繕おうとするが、じいちゃんは椅子に深く腰掛けて、オレをじっと見つめた。
「小さい? 2年前だぞ。そんなに早く体が大きくなるもんか?」
「実は……さ、中学生になって、あんな子供っぽい自転車じゃ恥ずかしくて……」
「恥ずかしい? 誰に対して恥ずかしいんだ?」
じいちゃんにしては妙に饒舌だ。普段はあまりしゃべらないし、親父も寡黙だ。昔の男は喋らないんだろうか? 男子厨房に入らずとか、黙して語らずとか……。
「いや、ほら……友だちにさ」
さすがに中学生にもなって戦隊物の自転車は恥ずかしいだろ? 察してくれよ、じいちゃん……。
「友だちが馬鹿にする、か?」
「……うん」
「嘘をつくな。お前去年いじめっ子を殴ったって聞いたぞ。中学入学早々もあるし、1回や2回じゃないだろ? そんなお前を誰が馬鹿にするんだ?」
「いや……」
ああ、もういいや。正直に言おう。
「いや、馬鹿にはされないよ。自転車そのものは。その……中学生にもなって、子供っぽいだろ? だからだよ」
「……本当にそれだけか? ……男からじゃ、ないだろう?」
え? なんで?
「正直に言え」
「ああもう! わかったよ! 好きな子がいて、その子にそう思われるのが、嫌なんだよ!」
うわあ、言ってしまった。51にもなって(51脳で体は12歳)じいちゃんにそんなこと告白するとは思わなかった。
……なんだこの沈黙。勘弁してくれよ!
「あーはっはっはっは! そうかそうか! 悠真もそんな歳か! いやあ去年からちょっと変わったなとは思ってはいたが、そうかそうか……わかった! 買ってやろう。その代わり子供っぽくない物だから、今度こそ大事にするんだぞ」
じいちゃんはそう言って部屋の奥に行き、タンスから7万円持ってきて渡してくれた。お釣りはいいって言ってくれたけど、高校に入ってバイクを買うときが、怖い。
■放課後
「え、どうしたの悠真。これ買ったの?」
「ああ……。まあ、色々と使うしな。2人乗りしようぜ」
「うん……」
今日は月曜日で美咲の日(一緒に登下校)だ。小学校経由で帰ると上り坂が300mで平地が500m、残りが1kmの下り坂になっている。だから帰りは歩きの半分くらいの時間で帰れるんだ。
歩いて帰ると美咲の家までは約30分。
でもいつも途中の神社で寄り道するから、40分とか下手すりゃ1時間くらいかけて帰ることになる。その分長く話せるからいいんだけど、自転車で帰れば、正直10分くらいで終わる。ほぼ下り坂だからね。
「ねえ……やっぱり歩いて帰らない?」
「え? なんで?」
「だって、自転車に乗って帰ったら時間短くなっちゃうじゃん。悠真との時間が少なくなるの、嫌だな」
「でも、神社でいっぱい話せばよくない?」
「うーん、でもなんか……歩きながら話したい」
「ふーん、まあ、美咲がそうしたいなら、別にいいけど……」
う……もろくも崩れたオレの後ろからおっぱいむにゅむにゅ計画。悲しい。
「ねえ、なんで急に自転車?」
「いや……まあ、その……」
さすがに美咲のおっぱいのムニュムニュを背中から感じたいからとは言えない。
「ほら、バンドの練習で祐介の家まで行ったりするだろ? 帰りも遅くなるし、バス使っちゃうとお金もかかるからさ。でも小学校の時の戦隊物の自転車はさすがに恥ずかしいから」
オレは笑いでごまかした。
美咲のムニュムニュが欲しいとは、言えない。
■翌日
火曜日は凪咲の日だ。
凪咲は何の問題もなくOKしてくれて、後ろの荷台に横座りする。2人のカバンは前のカゴに入れて、そのまま自転車をこぐと、上半身はオレの背中に密着して凪咲のムニュムニュが……。
これはなんだ? 手でもんだときはもちろん、その柔らかい感触がもにゅもにゅとか、むにゅむにゅとかの感触なんだが、一種独特の感覚なんだよな。一体感というか、想像をかき立てるというか。
背中に全神経を集中する。
上半身をくっつけてくるから、12脳には刺激が強い。そしてときどき首筋に吹きかかる息とか、スベスベした柔らかい手とか……あ、やべえ、ドキドキしてきたぞ!
「ん? どうしたの?」
凪咲がオレの耳元でささやく。ああもう! そのささやき声やめてくれないかな! ○ってきそうだぞ。凪咲? お前って天然の魔性の女?
平地をそんな感じで移動していたら、見覚えのある後ろ姿。
美咲だ。
「 「あ」 」
オレの背中にぴったりと体をくっつけた凪咲は、追い抜き様にニッコリ勝ち誇ったような顔でピースサインを美咲に送る。
スローモーションのように通り過ぎていく中で見た美咲の、複雑そうな表情がいつまでもオレの頭に残った。
次回 第42話 (仮)『凪咲のスカートの中』
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