第4話 『夏休みの大冒険とエロ本とコンドーム』

 1984年(昭和59年)7月21日(土)<風間悠真>

 転生初日のあの椅子殴打事件以降、オレはできる事を考えてきた。
 
 金は親の経済力に依存する。そして地位も名誉も、今は関係ない。あるとすれば、今の言い方で言うスクールカーストのヒエラルキーの頂点に立つことだ。

 スクールカーストは2000年代後半が初出で、2010年代後半には市民権を得た(得るべきではない・あるべきではない)ワードだが、それ自体は40年前にも純然たる形で存在したのだ。

 先生達はあの件以降、妙にオレによそよそしくなった。
 
 オレがPTAに密告したからだ。幸いな事に声変わりも終わっていて、オレの話し方は、誰がどう聞いても40歳~50歳以上の大人なのだ。

 電話口で相手が小学校6年生だと見抜けるヤツなんていなかった。

 男も女も、オレを少し遠巻きに見るようにはなったんだが、それは悪い意味での疎外感ではない。いわゆる何と言うか、羨望のまなざしに近いような形だ。

 1学年1クラスしかない小さな学校で、6年間も同じ面子で毎日顔を合わせてきたのだ。そして男子も女子もその頃はあまり区別がない。男も女も関係なく言い争ったりケンカをしてきたんだ。

 その男子側のリーダーをボコって、女子のリーダー(少ないながらも派閥はあったが)にも一目置かれるようになった。

 男は単なる恐怖が原因かもしれないが、女の場合は、もしかすると生物学的に言う『メス』の本能で、オレの強さ(見かけだけだが)に惹かれているのか? という仮説が成立する。

 だってこんな事、前世の記憶じゃまったくない、あり得ない状況なんだから。そしてあれからずっと、純美と美咲のオレへのチラ見が続いている。

 ? ? ?




 運動神経を良くする→×
 イケメンになる→×

 この2つはどう考えても無理。大人になって整形すればできるだろうが、運動神経は無理だ。だから、イケメンは雰囲気イケメンを目指す事にした。

 ・坊主頭を伸ばしてセットする。(いや、そもそも坊主がモテるはずがない)
 ・服装を高校生風にする。
 ・立ち居振る舞いを大人っぽくする(すでに中身はそうだが)。
 ・女子にやさしい行動を心がける。(スカートめくりやその他のイタズラをしない。というか興味がない)

 髪の毛は最低でも2~3か月はかかるだろう。だからそれまでは帽子でカバーする。




 ■ある日

「なあ、今の女で付き合うなら誰がいい?」

 なぜか上から目線だ。

「付き合うって?」

「いや、あれだ……一緒に帰ったり手ーつないだりとかそんなんだよ。あのー、ジャンプの気まぐれオレンジロードみたいなやつだ」

 なんじゃそりゃ? 小学生男子の馬鹿馬鹿しくも可愛らしい会話だ。そう言えばそんな漫画があったな。懐かしい。

「なあ、悠真は誰だ?」

 ほら来た。

「あー、まあ、いねえな……あん中じゃ」

 と、オレは適当に返事をした。本当は遠野美咲と太田純美あやみだったが、そんな事を今ここで暴露しても1円にもならない。百害あって一利なしだ。

 するとオレの曖昧な返事に3人とも首を傾げた。空気が微妙に変化し、あいつらの好奇心がき立てられたようだ。

 マジで面倒くせえな……。秀樹が身を乗り出し、口に手を当てて内緒話のジェスチャーで声を潜める。

「おいおい、本当かよ? お前、誰かいるんじゃないのか?」

 こいつ絶対に言うな。間違いなく言う。200%口は災いの元なんだ。

 それに、別にいたっていいじゃねえか。お前らに何の関係がある? 本当に面倒くさそうにオレは答えた。
 
「何言ってんだよ。ホントにいないって。全員セックスの対象じゃない」

「「「え? なにそれ?」」」

 全員きょとんとしたが、フル無視だ。

「なんだよ~教えろよ~」

「そうだそうだ、俺達は親友だろ?」

「うん! 教えて!」

 は? おいおい、オレとお前ら、いつから親友になったんだ。ふざけんなよ。この前まで正夫と一緒にオレをイジメていただろうが!

「知らん! 知りたかったら先生か親にでも聞け! その代わり、オレから聞いたって言うなよ。もし言ったら、わかるな?」

 オレは椅子の背もたれをさわって、ガタッと動かす素振りを見せた。

「う、うん、言わない。絶対言わない」

 オレの一言でその話題は終わった。

  ……結局誰も何も聞けなかったようだ。




 ■~7月21日(土)

 髪の毛が坊主だから格好付けようもないんだが、それは伸ばすしかない。だから他の部分で自分を変えていった。

「おはよ~」
「おーっす!」
「おいー!」

 まあ朝の挨拶なんて別になんでもいいんだが、とりあえず例の椅子事件の恐怖を払拭しなくちゃならないから、人の噂もなんとやらで、明るく元気に振る舞った。

 教室に到着すると男も女もいくつかのグループに分かれている。だからそれぞれに適当な挨拶をして自然な笑顔を振りまいた。あくまで自然に、だ。この辺のさじ加減が難しい。

 それから常に口角を上げて、自然な笑顔で過ごすようにした。この辺のテクニックというかなんというか、それが小学生に通用するかわからなかったが、徐々に恐怖感は薄れていったようだ。

 イジメの対象者はオレだけじゃなく他にもいたんだが、オレの事件以降、ピタリと止んだ。

 その光景を見たオレが、にらみつけたからだ。『何が楽しいんだ? じゃあオレも楽しみたいからお前もやっちまうぞ?』的なオーラを出しまくって、止めさせた。

「お! 今月号の明星じゃん! いいな~。後で見せてよ」

「あ~! その靴可愛いね! 似合ってるよ」

「あれ? 髪形変えた? いーじゃん!」

 などなど、同世代の男が照れくさくて面と向かって言えない事を、サラリと言うオレは、まるで別人である。これはもちろん、特定の女にだけやった訳ではない。

  それも、ごく自然に、くどくならない程度だ。

 特定の女にだけやると間違いなく変な噂が立つし、やり過ぎると、ただのチャラい男だと思われる。

 女全員にそれをやった。無反応のヤツもいれば、ありがとうと返してくれるヤツもいる。話を膨らませて会話を続けようとするヤツもいた。

 例の2人は、『ありがとう』パターンだ。

 他の男たちがどう思っていたかは知らないが、ヤツらはこれができない。本当は気になっていたり、好きな子でもついイタズラしてしまう、そんな年齢なのだ。

 かくいうオレがそうだった。

 でも今回は……よしよし、オレの思い描く方向へ向かっているぞ。少しずつカーストの上位へ。とは言ってもたかが20人程度のクラスなんだが、徐々にオレの周りに人が集まるようになってきた。




 ■遡って転生から数日後

「ねえ、じいちゃん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「ん? どうした悠真。なんだ?」

 実はオレはじいちゃん子ばあちゃん子なのだ。多分、孫は可愛いというのは今も昔も変わらないんだろうが、特におれは長男だから、厳しいなかにも溺愛されて育った。

「あのさ、オレも来年中学生になるだろ? それで、この夏休みに色々と経験を積んでおきたいんだ」

「うんうん、経験を積むのは良いことだ。わしも悠真くらいの時は、いろんな経験を積まされたもんだ」

 戦前の経験って、どんな経験なんだろう?

「それでね、ちょっと行きたいところがあるんだ」

「どこに?」

「佐世保」

「ええ! ? 佐世保? 何しに?」

「買いたい物もあるし、フェリーに乗ったこともないし、佐世保って都会でしょ? 行ったことないから行ってみたいんだ、1人で」

「1人で?」

 1人で、というワードがやっぱりネックだったみたいだが、拝み倒し、泣きながら(演技)、あの手この手で熱心にお願いした。




 ■夏休み 

「あちー」

 佐世保に、着いた。

 有川発の高速フェリーに乗って2時間半、やっとついたのだ。

 時間も金も無駄にしたくないので、青方の自宅から始発フェリーに間に合うように、1時間前の5時半には家を出た。バスもないので徒歩だ。幸い夏なのですでに周りは明るい。その辺も計算している。

 小学生だからって船に乗れない訳じゃない。
 
 親と同伴で何回も行った事があるやつもいただろうし、中学目前の6年生だ。仮に迷子になったとしても、人に聞いて交番くらいにはいける。

 だから切符売り場の職員も、何にも言わずに売ってくれた。




 目的は本屋に行って本を買う事と情報収集だったのだが、大人っぽい服を探すのに苦労した。まずは適当なジーンズだが、ダボッとしたストーンウォッシュが全盛期だ。

 かなりの抵抗があったが、探しても探しても、そればっかり。普通のデニムはないのか?

 仕方がないから、極力体にフィットした物を選んで、Tシャツを何枚かと半袖のシャツを何枚か買った。

 靴はこれもコンバース全盛時代。全国的な流行がいつだったかわからないが、とにかくみんなアシックスとかアディダスとかコンバースとかを履いていた。

 どうでもいいから、安いヤツを買った。今でいう100均なんてないから、一番安いのはダイエーだ。そこにいってサングラスを買う。

 家から着てきたクソダサい服を着替え、とりあえずまともな格好になった。いざ、出陣。

 本屋で探したのは明星とホットドッグプレスにポパイ。そしてスコラとべっぴんとビデオボーイ。性の本質的なものはあまり変わらんだろうが、一応の情報収集だ。

 いやー、懐かしい。

 それをカゴにいれてレジに向かう。緊張の瞬間だ。

 カゴに入れた雑誌の重さが、やけに手に感じる。レジに向かう途中、心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。転生してからこのかた、こんな緊張を感じたのは久しぶりだ。

 レジはすいていて、オレしか客がいなかったのですぐに精算になった。

 アルバイトの女子高生らしき店員が、無表情でカゴの中の商品の値札を見ながらレジを打っている。その手つきは機械的で、淡々と仕事をこなしているだけだが、オレにはその無関心が逆にありがたい。

 オレは黙って雑誌が一冊ずつ手打ちされるピッピッピッという音を聞いた。

 彼女が手に取った『べっぴん』と『スコラ』、そして『ビデオボーイ』を見て、少し緊張が走る。けれど、彼女は何も言わずに値段を入力。その冷静さに少し安心した。

「お会計は……」

 金額を聞いて代金を支払い、本屋をでた。

 セーフ! !

 今だったら間違いなく年齢確認されただろう。あ、コンビニにはもうこの手は売ってないか。書店でも年齢確認しているんだろうか。とにかく安心だ。

 よくよく考えたら小学生を対象にした雑紙なんて、漫画くらいしかない。明星はクラスの女子が買ってたくらいかな。男子は買ってなかったような記憶がある。

 だから小学生向けの~指南本なんてあるわけない。どっちにしても自分で切り拓くしかないんだ。

 しかし……この辺の雑紙は確かに読みあさったが、役にたったのだろうか?

 ちょっと疑問が残るが、そこは経験と知識でカバーだ。




 ■薬局

「お兄さん、いくつ?」

 げ! バレたか? いや、『坊や』ではなく『ボク』でもなく、お兄さんというのは……このおっさんも疑問に思ってはいるが、確証がないのか?

 オレはメンズムースとサガミオリジナルだったか岡本だったかのコンドームをカゴに入れて、本屋と同じように無造作に薬局のレジに置いたのだ。何でもないことのように、だ。

 一瞬動揺するが、それを見せないように必死に装う。レジ係の中年男性の目をまっすぐ見返し、できるだけ落ち着いた声で答える。

「18です」

 おっさんはオレの顔をジロジロみているが、オレはその視線に耐えながら、内心は心臓バクバクで冷や汗をかいている。

「そうか……随分若く見えるね」

 当然だ。11歳なんだから。

 オレは必死の思いで肩をすくめて演技をする。

「よく言われます」

「……まあ、いいか」

 おっさんはふぅっと一息ついて、本屋の女子高生と同じようにピッピッピッとレジを打ち始める。

 ……やがて会計が終わり、薬局を出てもまだ、胸の鼓動は収まらなかった。




 ? しかし、買ったはいいが、いつ使うんだ? さすがに……いや、コンドームの消費期限ってあるんだろうか?




 次回 第5話 (仮)『2人との日直と雨の体操服ではなく本物』

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