天正元年 十一月一日(1572/12/05) 諫早城
「すなわち知行ではなく、銭にて報いると?」
「その通り」
「然れど、銭の配分なり、いずれの大名に如何に銭をまわすかなど、後々差し障りがございませぬか?」
「無用じゃ」
純正には腹案があるようだ。確かに修正や改善点があれば、後で変更すればいい。
「先に決めておくのよ」
「そ(それ)は恩賞を如何にするか、先に決めておくことにございますか?」
「左様、先に決めておけば恩賞が少ないだの贔屓だのと、そのような諍いもなくなろう」
「確かに。それはそうですが、如何に定むるのでございますか?」
直家は納得しているものの、その内訳が大事だというのだ。
「何、難しく考える必要はない。例えば一番兵を多く出した家、一番銭を出した家、一番兵糧を出した家、一番矢玉を出した家を恩賞一番とするのだ。如何じゃ? 至極簡単であろう?」
全員がざわつく。
「果たして、そう上手くいきましょうや?」
「いかせなければならない。なに、今一番兵を出せるのはどの家じゃ? 銭は?」
「それはまさに、わが小佐々家中にござろう」
「然もありなん。それゆえこれより先、わが小佐々家の力が増すことはあっても、織田や武田に追い越される事はあるまい」
ただ、問題は攻め取った領地の運営である。所領として分配しないという事は、誰の所領でもない。主がいない土地となるのだ。
「政は如何なさるのですか?」
当然の質問だ。佐志方庄兵衛が聞く。
「庄兵衛、良い問いじゃ。代官と役人を置かねばならぬが、それも恩賞と同じで、力に応じて人をやればよい。簡単に言えば、堺の会合衆と同じように治めるのだ。全ての利得は分配されるゆえ、争いも起こるまい」
その場にいる全員が戸惑っているようだ。今回のような統治方法は聞いたことがない。そもそも他の同盟諸国が納得するだろうか?
「おおよそ、得心(納得)いたしました。然れど、話が戻るようですが、織田や徳川が得心いたしましょうや」
……。
直茂の問いに満座が静まりかえるが、純正が答える。
「簡単には得心せぬであろうが、してもらわねば、以後われらも動きづらくなろう」
「と、言いますと?」
「われらは越中で上杉と戦ったが、なんの為じゃ?」
「そ(それ)は……上杉の南下を防ぎ、越中と加賀を織田と上杉の間の地とせんが為にございます」
「うむ。そは誰の、何の為じゃ?」
「一体何を仰せなのでしょうか?」
禅問答のようなやり取りである。
当然答えは自家、小佐々家のためである。上杉と織田と武田、この三者の力が釣り合ってこそ、小佐々家の勢力拡大に利するのだ。
大義名分などは後付けである。
「越中の静謐であるとか、守護の権威が云々と申してみても、つまるところは己が欲を満たすためではなかったのか?」
……。
誰も反論ができない。違うと言っても、事実なのだ。
純正自身が家臣に押し切られた事もあるが、朝廷に働きかけて、大儀を金の力で作っていると言われても、否定はできないのだ。
「そこで、じゃ。いま織田が一向宗と争っておるな。加賀の門徒が今にも越前に討ち入らんとしておる。これまでも何度もあった。越前守護は鎮圧するも、国内にも敵が多くままならない。そこで兵部卿殿(信長)に後詰めを申し出た」
「仰せの通りにございます。我らにも仲裁の求めがございましたが、和睦とはなりませんでした」
「うむ。で、あるならば、今この時に兵部卿殿が加賀に攻め入ったならば、我らはいかがすべきか? 越前の民を守るため、禍根を残さぬためとなれば織田の大儀もたつのではないか?」
「加賀越中を上杉と織田の間の地とするならば、いや、越中はすでにわれらが所領なれば、織田の討ち入りは避けねばなりますまい」
「そうなるよの。我らの事を考えるなら、止めねばならぬ。然れど織田は同盟国ぞ? あちらが盟約を破った訳でもない。そうなれば、我らに大儀はないぞ? それともう一つ」
「何でござろうか?」
直茂は頭を抱えている。
「越中戦役の際につかった、有名無実化した畠山の『越中守護の権威をもって静謐となす』であるが、加賀の守護は富樫氏ぞ。百年近く前に一揆に滅ぼされ、名前だけとなっているが、われらはその富樫氏を担がなくてはならなくなる」
「御屋形様……それはそれ、これはこれにございます」
と直茂。
「左様、あの時と此度とは状況が違いますゆえ」
と官兵衛。
「何が違うのだ? ではいかがいたす? 何もせずか?」
……。
誰も効果的な策を見いだせないようだ。
「そこで、合議制だ。加賀への出兵の是非であったり、他には雑賀攻めも画策しておるようだが、これも合議で解決できる。一向宗側にも再度使者を送り、態度を変えぬようなら、致し方あるまい」
「そは……上手くいきましょうや?」
直茂は心配そうだ。
「必ず、とは言い難い。然れど、他に妙案があるか? 加賀を合議の国にせずして織田の勢を増やさず、大儀も傷つかぬ術があろうか。まあ、大儀とは言っても幕府あれども公方なし。いまさら守護でもないのだがな」
純正も、結果的に上手くいった越中の守護の件である。
しかし後々の事を考えると、幕府が定めた守護を権威とするのならば、今までいくつの守護を降してきただろうか……。
西国の諸大名は一応守護の体裁はギリギリ整ってはいる。
「では、みんな。その方向で行くが、足りない部分や修正点は随時言ってくれ」
純正は内政に没頭したかったが、なかなか上手くいかないようだ。先触れを出して、京都で会談をする事となった。
次回 第586話 何が軍事行動か?その定義
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