第585話 合議制による銭の力で日ノ本一統。(1572/12/05)

 天正元年 十一月一日(1572/12/05) 諫早城 

「すなわち知行ではなく、銭にて報いると?」

「その通り」

れど、銭の配分なり、いずれの大名に如何いかに銭をまわすかなど、後々差し障りがございませぬか?」

「無用じゃ」

 純正には腹案があるようだ。確かに修正や改善点があれば、後で変更すればいい。

「先に決めておくのよ」

「そ(それ)は恩賞を如何いかにするか、先に決めておくことにございますか?」

「左様、先に決めておけば恩賞が少ないだの贔屓ひいきだのと、そのような諍いもなくなろう」

「確かに。それはそうですが、如何に定むるのでございますか?」

 直家は納得しているものの、その内訳が大事だというのだ。

「何、難しく考える必要はない。例えば一番兵を多く出した家、一番銭を出した家、一番兵糧を出した家、一番矢玉を出した家を恩賞一番とするのだ。如何いかがじゃ? 至極簡単であろう?」

 全員がざわつく。

「果たして、そう上手くいきましょうや?」

「いかせなければならない。なに、今一番兵を出せるのはどの家じゃ? 銭は?」

「それはまさに、わが小佐々家中にござろう」

「然もありなん。それゆえこれより先、わが小佐々家の力が増すことはあっても、織田や武田に追い越される事はあるまい」

 ただ、問題は攻め取った領地の運営である。所領として分配しないという事は、誰の所領でもない。主がいない土地となるのだ。

まつりごと如何いかがなさるのですか?」

 当然の質問だ。佐志方庄兵衛が聞く。

「庄兵衛、良い問いじゃ。代官と役人を置かねばならぬが、それも恩賞と同じで、力に応じて人をやればよい。簡単に言えば、堺の会合衆と同じように治めるのだ。全ての利得は分配されるゆえ、争いも起こるまい」

 その場にいる全員が戸惑っているようだ。今回のような統治方法は聞いたことがない。そもそも他の同盟諸国が納得するだろうか?

「おおよそ、得心(納得)いたしました。然れど、話が戻るようですが、織田や徳川が得心いたしましょうや」

 ……。

 直茂の問いに満座が静まりかえるが、純正が答える。

「簡単には得心せぬであろうが、してもらわねば、以後われらも動きづらくなろう」

「と、言いますと?」

「われらは越中で上杉と戦ったが、なんの為じゃ?」

「そ(それ)は……上杉の南下を防ぎ、越中と加賀を織田と上杉の間の地とせんが為にございます」

「うむ。そは誰の、何の為じゃ?」

「一体何を仰せなのでしょうか?」

 禅問答のようなやり取りである。

 当然答えは自家、小佐々家のためである。上杉と織田と武田、この三者の力が釣り合ってこそ、小佐々家の勢力拡大に利するのだ。

 大義名分などは後付けである。

「越中の静謐であるとか、守護の権威が云々と申してみても、つまるところは己が欲を満たすためではなかったのか?」

 ……。

 誰も反論ができない。違うと言っても、事実なのだ。

 純正自身が家臣に押し切られた事もあるが、朝廷に働きかけて、大儀を金の力で作っていると言われても、否定はできないのだ。

「そこで、じゃ。いま織田が一向宗と争っておるな。加賀の門徒が今にも越前に討ち入らんとしておる。これまでも何度もあった。越前守護は鎮圧するも、国内にも敵が多くままならない。そこで兵部卿殿(信長)に後詰めを申し出た」

「仰せの通りにございます。我らにも仲裁の求めがございましたが、和睦とはなりませんでした」

「うむ。で、あるならば、今この時に兵部卿殿が加賀に攻め入ったならば、我らはいかがすべきか? 越前の民を守るため、禍根を残さぬためとなれば織田の大儀もたつのではないか?」

「加賀越中を上杉と織田の間の地とするならば、いや、越中はすでにわれらが所領なれば、織田の討ち入りは避けねばなりますまい」

「そうなるよの。我らの事を考えるなら、止めねばならぬ。然れど織田は同盟国ぞ? あちらが盟約を破った訳でもない。そうなれば、我らに大儀はないぞ? それともう一つ」

「何でござろうか?」

 直茂は頭を抱えている。

「越中戦役の際につかった、有名無実化した畠山の『越中守護の権威をもって静謐となす』であるが、加賀の守護は富樫氏ぞ。百年近く前に一揆に滅ぼされ、名前だけとなっているが、われらはその富樫氏を担がなくてはならなくなる」

「御屋形様……それはそれ、これはこれにございます」

 と直茂。

「左様、あの時と此度こたびとは状況が違いますゆえ」

 と官兵衛。

「何が違うのだ? ではいかがいたす? 何もせずか?」

 ……。

 誰も効果的な策を見いだせないようだ。

「そこで、合議制だ。加賀への出兵の是非であったり、他には雑賀攻めも画策しておるようだが、これも合議で解決できる。一向宗側にも再度使者を送り、態度を変えぬようなら、致し方あるまい」

「そは……上手くいきましょうや?」

 直茂は心配そうだ。

「必ず、とは言い難い。然れど、他に妙案があるか? 加賀を合議の国にせずして織田の勢を増やさず、大儀も傷つかぬ術があろうか。まあ、大儀とは言っても幕府あれども公方なし。いまさら守護でもないのだがな」

 純正も、結果的に上手くいった越中の守護の件である。

 しかし後々の事を考えると、幕府が定めた守護を権威とするのならば、今までいくつの守護を降してきただろうか……。

 西国の諸大名は一応守護の体裁はギリギリ整ってはいる。

「では、みんな。その方向で行くが、足りない部分や修正点は随時言ってくれ」

 

 純正は内政に没頭したかったが、なかなか上手くいかないようだ。先触れを出して、京都で会談をする事となった。

 次回 第586話 何が軍事行動か?その定義

 

 

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