第160話 『威嚇と応戦-ペリー来航前哨戦』

 嘉永六年四月十九日(1853/5/26) 琉球

 ブキャナンは、周囲を見渡しながら状況を確認しようと必死になった。ペリーも同様に冷静さを失わず、素早く判断を下す。

「状況は? 負傷者はいるのか?」

 ペリーはブキャナンに命じて被害状況を確認し、同時に周囲に注意を配って親軍兵の所在を探った。

「敵の……琉球兵の姿が見えません」

 巧妙に隠れた首里親軍しおりおやいくさと思われる兵達は、米兵の位置からは見えない。探そうと思えば、街道の両脇の林に足を踏み入れなければならない。しかしそれは自殺行為である。

 勝手知ったる山道で、地の利を生かした攻撃をされれば被害は甚大だろう。

「去るが良い! 我らは力を持って人の国を踏みにじる者達を決して許す事はできない」

 前方から首里親軍の隊長の声が聞こえる。

「どうしましょうか、提督」

 ブキャナンはペリーに判断を仰ぐが、ペリーの意思は変わらない。

「ここで退く事は許されない。我らは大統領の親書を渡し、通商を開く事を命じられているのだ。琉球ごとき島国に手こずっていてはEDOへ行って日本に開国を迫ることなどできまい」

 固い決意をもってそう言った。

「仰せの通りにございます。ここで退いては合衆国の威信に関わります」

 しかし琉球兵の数もわからず、さらに狭い街道脇の林から狙われ、囲まれている。こんな状況で何ができるというのだろうか。

「負傷兵は?」

「いません。どうやらこけおどしのようです。私が敵の指揮官なら迷わず殲滅せんめつしています」

「うむ。敵の意図は何だと思う?」

「おそらくは火薬の類いを用いて我らを攪乱かくらんし、包囲されていると思わせ撤退させるのが目的ではないでしょうか」

「君もそう思うか。琉球は重武装はしていないはずだ。大砲はもちろんだが、我らの、この300を超す兵を相手にできるだけの銃を所有しているとの情報もない」

「では?」

「うむ。もう一度警告し、従わなければ力ずくで通るまでだ」
 
 ペリーは毅然きぜんとした態度で指示を出した。

「再度要求する! 我らは合衆国大統領の親書を持ってきている。国王に謁見し親書を手渡し、通商を求めるのが任務である。よって通行の許可を求める。応じなければ力ずくでも通るのみ」

 力ずくで、と言っている時点で許可を求めるも何もない。

「こちらの答えは変わらぬ! 速やかに立ち去れ!」

 首里親軍の隊長も命令に忠実である。

「提督、これでは話になりません。実力行使しかないかと」

 ブキャナンは威嚇射撃ではなく通常射撃の命令を促した。

「良し。しかし最小限に留めるのだ。命は奪わぬよう、足を狙え」

「は。撃ち方用意!」

 ブキャナンは隊長に命じて射撃の準備をさせ、号令と共に銃声が響き渡る。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダーン!

「Aah!」

「Ugh!」

「Ouch!」

「何事だ! どうした!」

 周囲を見ると、いたるところに膝を抱えて叫ぶ米兵がいたのだ。負傷していない米兵は恐怖のあまり、周囲を見回しながら得体の知れない敵におびえている。

「提督! ……残念ながら、認めたくない事ではありますが、やつらは相当数の銃で武装しております。このままでは被害甚大となる可能性があります」

「ぐ、ぬ……やむを得ん! いったん上陸地点まで戻る。そこで負傷兵の介護を行った後、対応を協議する」

 ペリーは全軍に撤退を命じ、負傷者をかばいながら上陸地点の砂浜まで軍を退いた。首里親軍はその様子を見ながら追跡し、全体の姿を米軍に掴ませる事なく、砂浜に陣取るペリー一行を監視する。

 米軍の負傷者は十数名にのぼっていた。




「勇敢なる琉球国軍の責任者に要望する。我らは戦闘を行いに来た訳ではない。あくまで大統領の親書を渡すことと、通商を求める事が任務である。しかるに、なんの成果もなく国には戻れない。せめて交渉の席を用意しては頂けないか」

 最初の言い分と比べて、随分と謙遜した言い方である。
 
 王府である首里城への入城の件にも触れてはいない。せめて・・・交渉の席を設けてくれと、返答の内容に関わらず、交渉をしたという実績を残す事にハードルを下げている。

 首里親軍の部隊長はペリーの言葉に耳を傾け、しばらく沈黙した後、部下と短く話し合った。彼らもまた、無益な戦闘を避けるための道を模索していた。

「しばし待たれよ。我々も戦闘を望んでいるわけではない。王府に状況を報告し、返答を待つ。ここで待機せよ」

 ペリーとその一行は待機を続け、緊張が続く中で時間が過ぎていった。やがて琉球親軍の使者が戻り、隊長の言葉を伝える。

「王府は貴殿らの交渉を受け入れる用意がある。しかし、首里城への立ち入りは認められない。交渉の場として、近くの別の場所を提供する。準備が整い次第、案内する」

 ペリーはその報告に際し、ブキャナンに愚痴を言った。

「……致し方ない。誰だ? 琉球の兵力は無いに等しいと言ったのは。大砲で攻撃すれば制圧することは出来るだろうが、禍根が残る。占領するとしても、統治機構は残しておかなければならないのだ。くそう! 今は……これしかあるまい」

 ペリー一行はその後、琉球国との交渉の場に招かれた。当然ながら国王はいない。琉球国としては冊封を受けている以上、勝手に外交交渉は出来ないのだ。

 しかし琉球も、対外的には建前上は独立国である。形式としては交渉をしたという体をとったほうがいい。案の定国王への親書を受領したが、返事はせず、言葉を濁した。

 結局、議論は平行線のままなんの進展もみせなかった。

 ペリー一行は尚泰王に親書を渡し、その返事を受け取るべく来年再び来航する事になったのだ。琉球側としては今も来年も変わらないが、形を取り繕うために、同意した。




「まったく、なんという無駄な時間だ!」

 ペリー艦隊は嘉永六年五月三日(1853年6月9日)に那覇を出港し、小笠原を経由して日本へ向かう事となった。




 次回 第161話 (仮)『13日早まったペリー来航』

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