天正七年三月二十九日(1578/5/5) マニラ
「損害が順天丸だけでようございましたな」
「うむ。お主の日々の鍛錬によって、よく船が動いたおかげじゃろうて」
「ありがたきお言葉にございます」
マニラに帰港した織田艦隊は、艦艇の補修を行いつつ乗員の治療を実施し、休養をとらせた。
「殿、捕らえたイスパニア兵はいかがなさいますか?」
「ふむ。わが戦ならば尋問をして、答えぬならば拷問をするところであるが、あいにく言葉を解せぬゆえな。小佐々の手に委ねるしかあるまい。それに奴が嫌うであろうしな」
奴、とはもちろん純正の事である。
「我が海軍初の実戦は、図らずも異国の地で行われましたが、殿はこの戦、どうご覧になりますか?」
彼我の戦力は
小佐々海軍
艦艇53隻(火砲1,184門以上)と織田海軍の10隻(火砲80門)
陸軍12,000
スペイン軍
陸上戦力2,000
艦艇0
要塞2カ所(サン・ペドロ要塞砲台40門とマクタン島デル・エステレイチョ要塞砲台20門)
砲台8カ所(ネグロス島シブラン堡塁砲台15門・セブ島南リローン堡塁砲台15門・ボホール島タリボン堡塁砲台15門・マハネイ堡塁15門・バナコン島堡塁15門・オランゴ島堡塁15門・セブ-マクタン島南台場三カ所各5門)
「ふむ。どう、と聞かれて勝つか負けるかと考えるならば、小佐々の知らせが正しければ、我らが勝つであろう。小佐々と盟を結んでより、わしはあやつらの兵法を聞き、考えてきた」
「は」
「奴らは常に敵よりも多き兵にて戦い、敵よりも優れた戦道具を用いておる。同じ砲でも飛ぶ道程が大いに違う。敵の砲の届かぬところから掛かれ(攻撃すれ)ば、勝ち筋は明らかである。越後での船戦は、あれは油断したゆえの負けじゃ。何もなければ勝つであろう」
事実、小佐々海軍が越後沖の海戦で上杉水軍に苦杯をなめたのは、武装の面はもちろん、乗員に油断があった為だ。その後改善し、武装も対小型船舶用に改良したものを搭載している。
「何も、なければ、だがな」
■スペイン軍 ネグロス島シブラン堡塁
「おい見ろ! 友軍じゃない! 敵だ! 敵襲!」
シブラン堡塁の守備隊は急いで応戦準備をすると、セブ島のサン・ペドロ要塞にある本隊に狼煙で合図を送った。当然対岸のセブ島リローン堡塁からも小佐々海軍の姿は見える。
同じように狼煙をあげるとともに、伝令の馬が走る。
その距離は約137kmである。近距離なら馬も速く走れるだろうが、小佐々領内のように伝馬制度など整えていない。夜は明かりなどない真っ暗闇だ。
ネグロス島のシブラン堡塁とセブ島のリローン堡塁との距離は、もっとも短い地点で5.48kmであり、対岸の堡塁同士では砲台の弾丸は届かない。
海峡を通過する船舶を攻撃するために設けた砲台であるが、完全に封鎖するには2.74kmの射程、しかも有効射程を有していなければならなかった。
マカオのポルトガル艦隊から得た情報によると、スペインの要塞カノン砲の主流は50lb(23kg)である。諸元は重量3.3トンで砲身長が3.9m、最大射程は3,000mとなる。
この際重要なのは射程だ。最大は3,000mであるが、有効射程は540mである。
「まずはシブラン堡塁を黙らすぞ」
純正は勝行に命じるとシブラン堡塁に接近し、距離1,500mにつけた。北上しつつ、まずはシブラン要塞の砲台を沈黙させる作戦である。
「左砲戦用意、測距手、距離知らせ」
対岸のリローン堡塁からも砲撃があるが、最大射程より遠いのだ、届くはずがない。やがて砲撃はやみ、黙ってみているしかなくなった。
そして1,500mに到着した時、勝行が叫んだ。
「撃ちー方始めー」
第一艦隊の旗艦から順に後方艦へ伝令が伝わり、どうんどうんどうん、どうんどうんどうん……という耳をつんざくばかりの轟音が鳴り響き、続く。
砲門がうなりをあげ、シブラン堡塁に砲弾の雨を降らせる。白煙が立ちこめ、すぐそばにいる純正と勝行の声もかき消されている。
堡塁からも反撃で撃ち返してくるが、当たらない。小佐々艦隊は有効射程より1,000mも離れた動く目標なのだ。
小佐々海軍において、単縦陣における艦の間隔は400mと決められていた。
全長21,200mにも及ぶ艦列は、まさに長蛇であり、せまい海域においては機動性に欠け、事故の可能性もある。
そう考えた純正は、第三艦隊の姉川信秀中将を今作戦における暫定の大将とし、第三・第四艦隊で連合艦隊を編制していた。そして同時にセブ島のリローン堡塁を攻撃させたのだ。
第二艦隊の最後尾から少し離れて現れた第三艦隊を発見したリローン堡塁は、シブラン堡塁と同じように砲撃を行ったが、結果は同じである。
小佐々艦隊の攻撃は命中し、リローン堡塁の反撃は当たらない。
1時間足らずでネグロス島とセブ島の海峡を守る砲台群は壊滅し、以後易々と小佐々海軍の通航を許す事となる。
■マカオ
「申し上げます! イスパニアの使者がお目通りを願っております!」
「なんだと! 通すのだ」
マカオには明の市舶司(貿易管理の役所)がおかれ、日本以外の国々とは交易を行っていたが、スペインとの間には張居正直属の官吏がいて、情報のやり取りを行っていた。
「小佐々が、イスパニアに攻め込むだと? いや、まだ攻め込んだ訳ではないが……都の首輔様に至急お知らせせねばなるまい」
次回 第643話 (仮)『スペインの要塞、陥落続く』
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