第464話 異国との交錯と得体の知れない小佐々家の存在

第2.5次信長包囲網と迫り来る陰
異国との交錯と得体の知れない小佐々家の存在

 元亀二年 七月十二日 小笠原諸島 父島

「隊長! 何を言っているんだ! ? こいつらが俺たちの船を沈めたんだ! 敵だ! 敵は殺さなければならない!」

 いったい何を言っているんだ? 

 守備隊長のフェルナンド・アルバレス・デ・トレドはもとより、ルイス、そして通訳してもらった家治と甚六にも訳がわからなかった。

「ちょっと待てホセ! 敵じゃないと言っているだろう! ここでは俺が法律だぞ! 武器を下ろせ!」

 フェルナンドが一喝して場を収めようとするが、納得がいかないホセ・デ・エステバンは引き下がらない。

「隊長は騙されているんだ! フィリピナス諸島での戦いで、俺たちと戦ったヤツらなんだ!」

「その話は聞いた。俺も信じられない。わがイスパニア帝国が敗れるなどあり得ないことだ。その相手がこの人達だと言うのか?」

 事態がのみ込めない宇野家治と紙屋甚六は、深刻な顔をしてフェルナンドとホセの会話を聞いているルイス・デ・カルデナスに通訳を頼んで、状況を把握しようとしている。

「はあ! ? 何だそりゃあ!」

 二人して素っ頓狂な声をあげたが、すぐに家治が叫んだ。

「馬鹿な事を申すな! 『えすぱにあ』だか『いすぱにあ』だか知らんが、どこの国じゃ! ふぃりぴなす諸島? 聞いた事もないわ! 出鱈目を申すのも大概にせよ。こちらも堪忍袋の緒が切れるぞ!」

 家治が刀の鞘に手をかけたのを、甚六が押さえる。

「まあ、まあまあ、家治殿。手を出してしまっては、こちらにとってもまずい事になり申す。日ノ本の民ではなく、異国の民なのです。こらえてください」

 後ろに控える北条水軍も戦闘態勢に入っていて、中には鉄砲を構える者もいた。

 甚六は家治をなだめて水軍衆に一礼し、手を出さないようにお願いしつつ、ルイスにもう少し事情を聞くよう頼んだ。

「まあ落ち着くんだホセ。事情は良くわかったが、なぜこの人達が、お前らと戦ったヤツらと同じなのだ? この人達は北から来たんだぞ。フィリピナス諸島は南西だろう? まったく違うぞ」

 フェルナンドはホセとしばらく会話をして、そうだ! と叫んだ。

「ルイス。もう一度証明書を見せてくれ」

 と言ってオルガンティノの証明書を見せてくれるように頼んだ。

「そんな馬鹿な! なぜヤツらの仲間が主の御遣いである司祭様の手紙を持っているのだ?」

 ホセは訳がわからない。

「ポルトガルだ」

 一言フェルナンドがホセに告げる。

「イエズス会の司祭様は、もう20年も前からジパングにおいて布教をしている。それと同時にポルトガルの貿易船もジパングに出入りして、貿易をしているんだ」

 ホセはまだ理解ができず、黙ってフェルナンドの話を聞いている。

 フェルナンドはルイスや家治、甚六を経由して理解した情報を、そのままホセに伝えて現状を理解させようとする。

「ここにいるルイスは漂流していたところを助けられ、その地の領主であるウジマサという人物によって司祭様と引き合わされた。そしてここにスペイン人がいるという事で、送って来てくれた訳だ」

 フェルナンドは少しずつ、少しずつ説明をする。

「しかし、ヤツらと同じ顔をしているし、髪も黒いし肌も俺たちとは違う。目の色だってヤツらと同じだ」

 ホセはブツブツつぶやくが、伝言ゲームと同じ要領で、それがルイスから家治と甚六に伝わる。

「顔が同じだと? 無礼な! 確かに日ノ本の民であれば、黒い髪がさるもの(当然)であるが、明の民も朝鮮の民も黒であろう」

 家治は憤るも、それは正直なところ、この際どうでもいい。すると甚六が思いついたように言った。

「しばしお待ちを。家治殿、いま、我らと戦をした、とこの男は申しませんでしたか?」

「そうでござるな。そのように申しておりました」

「では、いずれかの御家中……。いや、日ノ本に南蛮と戦をするような大名はおらぬと存じますが、念のため……」

 甚六は家治にそのアイデアを話し、半信半疑でルイスに伝える。

「ではホセ、お前達が戦ったという者らは軍人だったのだろう? 船に国籍を示す旗はついていたのか?」

 フェルナンドはルイス経由で聞いた家治と甚六のアイデアを、そのままホセに伝えて反応を見た。

「ああ、確か、確かこういう模様の紋章だったような気がする」

 ホセはしばらく考えると、砂浜に落ちていた木の棒を拾って、砂浜に絵を描き始めた。その模様は正四角形を、縦横二つに並べたものだった。

「……。平四つ目!」

 家治と甚六は同時に声をあげた。

「まさか平四つ目、とは。京極氏? いや、あり得ぬ。今の京極氏など、往時の栄光など微塵もない。四つ目、四つ目、四つ目……」

 家治がブツブツつぶやいていると、甚六が『あ!』と叫んだ。

「いかがされた?」

「しばし、しばしお待ちを」

 そう言うと甚六は小舟に置いてあった物を取りに行き、紙と筆を取りだして何やら書き始めた。できあがった紙の図柄をルイスに渡し、フェルナンデス経由でホセに見て貰う。

 すると……。

「これだ! これに間違いない! 見たこともない紋章の旗がマストに掲げられていた! 待て、われらの味方なら、なぜこれを知っているのだ?」

 ホセは用心深い。甚六は事情を説明しようとしたが、面倒なので端折るところは端折った。

「今、ジパングは群雄割拠でいくつもの国が争っている。その中でも広大な領土を持ち、それぞれの地方で覇を唱えているのが、西国の小佐々、畿内の織田、そして東国の北条なんだ」
 
 とルイス。

 本当は武田もいれば上杉もいるし、東北はもっと割拠している。

 しかし、説明がややこしくなるし面倒なので、小佐々を肥前(西国)王、織田を畿内王、北条を東国王にして説明したのだ。

「では、お前達は俺たちと戦ったヤツらの敵という事か?」

 ホセ→フェルナンデス→ルイス→家治・甚六と続く。

「そうだ。少なくとも味方ではない(今は)」

 家治・甚六→ルイス→フェルナンデス→ホセと往復する。

 ホセは頭の中で、イスパニア帝国がカスティリャ王国とアラゴン王国が統合してできた事を思い出し、当てはめると合点がいった。

「なんとか、わかったようだな」

 フェルナンドもルイスも甚六も、ホッと胸をなで下ろしていたが、家治は一人深刻な顔をしていた。

(この家紋は、小佐々家の七つ割平四つ目。だとすると、こやつら異国人と戦って、小佐々は勝ったというのか? これは商売の前に、殿にこの事実を伝えておかねばなるまい……)

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