第591話 北方探険艦隊の帰還と暗躍・北条氏政(1573/3/31)

 天正二年二月十八日(1573/3/31) 肥前 諫早

「よう戻ってきたな三郎右衛門に清右衛門。大義であった」

 北方探険艦隊司令の伊能三郎右衛門忠孝と副将の間宮清右衛門森蔵である。

 2人は探検艦隊を率いて北海道を西岸から北上し、樺太を発見後に東岸へまわってさらに北上、北端から西へ回って南下して、樺太が島である事を確認した。

「樺太には人は住んでいなかったのか?」
 
 純正は忠孝に聞いた。

「いえ、おりまする。なにぶん未開の地ゆえ、船が停泊できる湾を探しながら北上いたしました。時に上陸し陸地も探検しましたところ、かなり北になりますが、アイヌ語の通じぬ民が暮らしておりました。アイヌの民は彼らをオロッコと呼んでおります」

「交易はできたのか?」

「言葉が通じぬゆえに難儀をいたしましたが、友好的な民族のようで、こちらが身振り手振りで伝え、船の積荷を渡すと喜んでくれました。オロッコは樺太の北東岸で、西側にはギリヤークと呼ばれる民がおります」

 交易は少し厳しいかな、と純正は考えた。

 言葉が通じなければ南方の国々と同じように、隣接する地域で少しずつ理解する通訳を雇っていかなければならない。

 南樺太までは、北海道アイヌと言語は違っても、通訳を交えてなんとか意思の疎通ができた。しかし北樺太のこれは数年かかるかもしれない。

 移住に近い状態で二言語を習得するか、現地の民をこちらに連れてこなければならないだろう。

「そうか。では女真族や明、それからロシア帝国の人間はいなかったか?」

「はい。先に話した先住民の集落らしきものしか発見できず、明語、女真語、ロシア語を話す住民も集落もありませんでした」

 これでロシア帝国、いや1573時点ではロシア・ツァーリ国のイヴァン4世の治世だ。シベリアまで来ていないことが確定した。

「あい分かった。では時間はかかるだろうが、入植は能うであろう」

 領有の宣言はできるだろう。

 東南アジアでもそうだが、主権国家の支配が及んでいない場所と同じである。

 あなたたちの権利はもちろん奪わないし、仲良くしよう、でも他の主権国家はダメだよ、という意味だ。

 朝廷には、事後承諾ではあるが領有の許しを得ている。

 そもそも言い方は悪いが東夷南蛮の地など、興味もないだろう。北海道の大首長チパパタインには似たような話をしている。

 我々の土地とすることを伝えたのだ。

 もちろんすべてを領する、という意味ではない。アイヌの人達には所有権の概念がなく、みんなのものという考えなのだ。

 だから、要するに対外的に(日本国内・明・女真・ロシアに対して)領有を宣言するという意味で、アイヌの民の居場所を奪う事ではないと説明した。

 一行はその後沿海州を南下し、ウラジオストクを経由して朝鮮東岸をさらに南下、対馬を通って肥前に戻ってきた。

 部分的に主権国家の支配が及んでいるものの、完全ではないようだ。

 ロシアはまだここまで来ていないから、アムール川流域も開発はできるだろう。

 女真と友好関係を築きながら、既成事実を作り上げ、あと10年先か20年先かに領土交渉をすればいいと純正は考えたのだ。

 冬の間は港が凍るので厳しくはあるが、北方の鉱山資源、森林資源、漁業資源は純正にとって宝の山に変わりないのだ。

 

 ■相模 小田原城

「ふむ、謙信がようやく下越の混乱から立ち直り、かろうじて越後一国を治めている事のさまで、上野に攻め入りたいのはやまやまであるな。今であれば間違いなくわれらに降ろうものを」

 扇子をパタンパタンと叩きながら、氏政が独り言のようにつぶやく。

「やはり上杉との盟は、われらにとって益のないものだったのでしょうか」

 家老の松田憲秀が問う。

「ふむ。今の上杉の事のさまをみれば、そうとも言える。りとてすぐに盟を反故にしては、われらの大義がたたぬわ。それに聞くところによると、里見は小佐々と盟を結び、その小佐々は大同盟なるものを立ち上げたと言うではないか」

「は、そう聞き及んでおります」

「小太郎はおるか?」

「は、これに」

 音もなく現れた小太郎に、氏政は驚きもしない。もう慣れたのだろうか。

「小佐々純正が里見を含めた七家で大同盟を組んで、密約を交わしたそうだな。つぶさには(詳しくは)いかなるものか?」

「は、つまるところ勢を率いていくさを起こし、討ち入る(攻め込む)際は合議をもってなすべし、との決まりにございます」

「何? 今一度申せ」

 聞き間違いか? 氏政は思った。

「は、軍を起こす際には、皆で合議にてはかるという事にございます」

「ふ、ふははははは。聞いたか左衛門佐。合議とな。いかが思う?」

「は、いささか珍妙なる考えにて、それがしには思いもつきませぬ」

 松田憲秀は氏政の問いに対して正直に答える。実際そうなのだ。意味がわからない。

「なにゆえに合議が要るのだ? そこまでは調べはついておるか?」

「は、軍を起こすは大義が要る故、それを合議にて諮るという事にございます」

 小太郎はシンプルに答える。

「ますます解せぬ。軍とはそもそも大義と大義のぶつかりあいぞ。それがお互いに違うゆえ軍になるのではないか。他国に自国の大義などわかるまい。小佐々純正という男、いったい何を考えておるのか」

 氏政がブツブツとつぶやきながら考えていた時であった。

 

「申し上げます」

「なんじゃ」

「小佐々権中納言様より、文が届きましてございます」

「何? 見せよ」

「ははっ」

 

 拝啓 相模守殿におかれましては、時下ますますご清栄の事とお慶び申し上げます。

 さてこのたび、わが小佐々家と織田家、武田家、徳川家、浅井家、畠山家、里見家の七家において、日ノ本大同盟なる盟約を結びし事、お知らせいたしたく文を送りき候。

 願わくは関東の雄である相模守どのにも参入していただきたく、ご案内申し上げ候。

 盟約の題目は以下のとおりにござ候。

 かくかくしかじか……。

 ご検討のほど、よろしくお願いいたしたく存じ候。恐々謹言。

 二月十八日 純正 

 北条相模守殿

 

「ははははは! 話しているそばから文がきおった。然れど純正は、なにゆえこの北条に案内の文を寄越してきたのじゃ? われらと里見が争うておる事など、先刻承知のはずではないか。その……ん?」

「殿、いかがなさいましたか?」

 松田憲秀が氏政のはっとした表情を読み取って歩み寄る。

「……ふふ。権中納言様のせっかくのお誘いであるが、我らはその盟約には入れぬ事情があるではないか」

「事情……あ!」

「気付いたか左衛門佐。あの方がいる限り、無理であろう?」

「無理にございますなあ」

 同盟への加入が北条にとって良いか悪いかを論ずる前に、選択肢を減らす要素が1つ。室町幕府第十五代将軍の足利義昭である。

 義昭は氏政を頼って相模にきたものの、氏政に上洛の気などなく、無為な日々を送っていたのだ。

「然れどものは考えようじゃ。武田とは相甲同盟を結んでおるし、越後とは相越同盟じゃ。こちらが里見に討ち入るのは危ういが、里見も勝手に討ち入っては来るまい」

「仰せの通りかと存じます」

「では、我らが向かうのは一つのみ」

「結城ですな」

「うむ、北しかない。常陸を獲るには佐竹が邪魔となる。小田氏治は人望が厚いゆえ、本領を安堵して配下に組み入れるよう調略をはじめよ。土岐、島崎、玉造などの南常陸の国人も調略するのだ」

「ははっ」

 

 次回 第592話 一挺のフリントロック銃が欧州を変える

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