第3話 『吉野ヶ里遺跡と歴史の矛盾』2024年6月9日(日)

 2024年6月9日(日) 長崎県西海市 宮田遺跡 <修一>

「ひゃあ! な、なんじゃこれは! 獣か雷か!」

 まあ、まともな反応だ。

「獣でも雷でもないよ。乗り物」

「乗り物? 馬鹿を申すでない。担ぎ手が一人もおらぬではないか。担ぎ手もおらぬのに、如何いかにして動くのだ」

「……まあいいから、入って」

 俺は助手席のドアを開けて壱与を乗せた。反対側へ行って運転席に乗る。サイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み、車を走らせる。

「なんだ、なんだこれは。本当に担ぎ手もなく動いているではないか。そなたあやかしの類いか?」

「あやかしでも何でも無く、ただの人間。人間、中村修一だよ」

 そのまま車を走らせ、川沿いに進む。

 国道202号線に入るとさっきの山崎Yショップが見えたので通り過ぎ、さらに進むと左手に郵便局と鉄筋コンクリートのマンションが見えた。

「ひゃっ! なんだこの巨大な岩は? 所々にキラキラと輝くものが見えるではないか」

「岩というか……住まいだね。この中に何人もの人が住んでる。あのキラキラはガラス……(この時代は瑠璃か?)瑠璃だね。透明の」

「なんと! 瑠璃がこのようにふんだんに使われておるとは! さぞかし高貴な者が住んでおるのであろうな」

 うーん……。

 コメントに困った俺は、あー、うん……みたいな曖昧な返事をする。海が見えたので漁協の角を右に回って車を停めた。

「はい、降りて」

 俺は壱与を促して車から降ろし、また国道へ戻って言う。

「どう? これでも正元二年(西暦255年)?」

 道の脇の歩道は盛り上がっていてタイルが敷き詰められていた。

 目の前には防波堤に囲まれた小さな港があり、いくつかの漁船が停泊している。フェンスの向こうには建物があり、BO★★とCO★★の自動販売機が備え付けてあった。

 緑豊かな丘陵地帯が海に向かってなだらかに傾斜している、のんびりとした街だ。時計を見ると針は午後1時半を指していて、見上げると穏やかな青空が広がっている。

「これは……ここは……吾は一体如何いかがしたのじゃ?」

 その答えは俺が知りたい。

 でも、あんなに暗くて狭い石棺に閉じ込められて、1,789年も放置された挙げ句、やっと外界(石棺の外)に出られた彼女に比べれば、その質問の重さは比較にならないだろう。

「それは……今はちょっとわからんけど、とりあえず何か飲む?」

 俺は壱与を連れて階段を降り、一段下にあった建物の自販機へ向かう。

「この箱から飲み物が! 人、人がこの中におるのか?」

 うーん、何て説明しよう……。

「うん、まあ人が作った物だから人……みたいな……もんかな」

 500円玉を入れて俺はアク○○アス、壱与には無難なところで○鷹を押す。

「なっ……!」

 スルーしてキャップを外して渡す。俺がこうやって飲むんだよ、という風にジェスチャーで飲み方を教えて飲むと、壱与も真似をして飲む。一口飲んで壱与が叫んだ。

「うまい! なんだこの緑の水は!」

「お茶って言うんだよ」




 その後も何だかんだ質問と答えを繰り返しながら、ふと俺は聞いた。

「それで、壱与ちゃん。……これから、どうする? 戻る?」

「あそこは嫌じゃ。吾は邪馬壱国の壱与。それは覚えておるのに、何ゆえあのような死人が入る石棺に入っておったのか……」

 まあ、そうだよね。戻りたいはずがない。

 ……。仕方がない。決して下心があるわけではない。決してない。迷子で交番ならどんなに楽か。それに20歳で、あ、いや1,809歳か。いやいやそんな事はどうでもいい。

 見捨てることなんて出来ないし、考古学の知的好奇心もある。

 ……あくまで、学術的な目的のためである。うん。

「それなら、とりあえず俺の家に行こう。ここからあの車という乗り物に乗って、日が沈むまでには着くよ。そこなら、ひとまずは安心して過ごせるよ」

「そなたの家か……。吾は迷惑をかけぬか?」

「大丈夫。俺も一人暮らしだし、何とかなるさ」

 普通に考えたら家出少女くらいしかあり得ないシチュエーションだけど、それでさえ問題視されている。

 そう言って壱与を車に乗せ、高速道路を使って自宅へ向かうことにした。途中、壱与は外の景色に興味津々で、次々と質問を投げかけてくる。本当に次々と、だ。

「この長い道は何と呼ばれるのじゃ?」

「これは高速道路だよ。人も獣もいないから、車が早く動けるようになってるんだ」

「はぁ……。本当に不思議なことばかりじゃな」

 壱与は移動するときは輿こしに乗っていたのだろうか。そうなると高貴な人が何十人も連れて移動するものだから、誰も邪魔はしない。それにすだれに隠れて景色も見えないだろう。




 俺は途中のサービスエリアでふと思いついた。良い場所があるじゃねえか。

 吉野ヶ里遺跡だ。

 あそこに寄ったら、もしかしたら何かを思い出すかもしれない。壱与にとっても、古代の遺跡を見るのは興味深い体験になるだろう。

「壱与、少し寄り道をするよ」

「なんじゃ? 何処いずこへ参るのじゃ?」

「まあまあ、着いてからのお楽しみ」

 俺は車を吉野ヶ里遺跡に向けて走らせる。

 途中、壱与は高速道路の景色に見れながらも、興奮した様子で窓の外を眺めていた。やがて、吉野ヶ里遺跡に到着し、車を降りた俺たちは遺跡の入り口に向かった。

 広大な敷地には復元された古代の住居や防御施設が並んでおり、観光客が見学をしている。壱与は興味津々で周囲を見回しながら、足を進めた。

「どうだい?」

「こ、これは……やはりこれまでの事は夢だったのだ! 見よ! 吾が居た時代、居た場所ではないか。シュウよ。そなた、吾に嘘を申しておったな」

 壱与は驚きと戸惑いの入り混じった表情で俺を見つめた。その視線には疑念と不安が垣間見えた。

「いや、壱与。嘘をついていたわけじゃないんだ。ただ、ここは君の時代を再現した場所なんだ。現代の技術で、君が生きていた時代の村落を再現しているだけなんだよ」

 壱与は頭が混乱しているようだ。顔にはまだ疑念が残っている。俺は何度もゆっくり話して、少しずつ理解してもらえるよう試みた。彼女の手を軽く握り、優しく語りかける。

「壱与、ここは確かに君の時代を感じさせる場所だけど、現代の一部なんだ。君が目を覚ました今この時は、君がいた時代の1,789年後の世界なんだ。君がいたのが二百五十五年で、今は二千二十四年なんだよ」

「二千二十四年……。吾には未だ信じがたいことじゃ。然れど、この住まいや倉をお主らがわざと(わざわざ)作った物なら、わからなくもない……」

 壱与は静かに続ける。

「もし吾が居た時代で、吾が居た場所なら伊支馬いきま彌馬升みましが居るはず……然れど誰も居らぬ。そなたが嘘を申しておらぬと、信じることにしよう」

 ふう……。ん? 待てよ。正元二年(西暦255年)からやってきたなら、266年の晋への朝貢は? そのまま数えたら31歳の時に武帝に遣使している事になるぞ。

 でも、その11年も前にあんな石棺の中に入っているなんて、あり得ない。あそこは亡くなった人が入るべき場所のはずだ。

 一体どうなってる?




 次回 第4話(仮)『烏丸鮮卑東夷伝倭人条うがんせんぴとういでんわじんじょう

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