「お初に御意をえまする、平戸道喜にございます」
男は平伏しながら言った。
「面をあげよ」
歳の頃は五十前位であろうか。にこやかな笑顔の奥に、強い意思を感じる。
「それでその、平戸の商人が俺になんの用だ? まさかわざわざ平戸から世間話でもなかろう?」
俺はからかう様に言った。
「されば、殿様にいくつかお尋ねしたき儀がございまして、まかりこしました」
「なんじゃ?」
「石けんは、売れまするか?」
なに?
「どういう事だ?」
俺は自分の眉がピクリと釣り上がるのを感じたが、それを気づかれぬ様に努めて冷静を装った。
「そのままの意味にございます。大村の市でのご様子ですと、かなりの人気に思えますが……」
「その通りだ」
「しかし、思う様な利益がでていないのではありませんか?」
なんだと? こいつどこまで知っている!?
「私が思いまするに、ひとつ十二文で売っておりましたから、元値が五文だとして七文の利益。五百個売れても三千五百文で、そうですなあ一度につき三日かかるとして、せいぜい売れて月に十回。月の利益にして三十五貫」。
こわいこわいこわい! なんだこいつなんだこいつなんだこいつ! ! !
「月に三十五貫では、まったく足りぬのではありませんか?」
はあ。俺は諦めた。虚勢をはるのはやめよう。こう言う時は諦めが肝心だ。
「そうだ。俺は日の本にないしゃぼんを作って、ボロ儲けして領地を豊かにしようと思っていた。しかし月に三十五貫ではまったく足りぬし、数をさばいて利益を得ようにも、売る相手がおらぬ。それに……」
「それに? いや、これまでにしましょう。殿様は大きな間違いをなさっておいでです」。
無礼であるぞ! 忠右衛門が話を遮ろうとした。
「よい。問題とはなんだ?」
もういいや。プライドはいらん。生き残るためには銭がいるんだ! 銭にならん糞プライドなんか捨ててしまえ!
まず、大前提として……。
道喜は前置きをして、言った。
「世の中は需要と供給で成り立っておりまする」
「ふむ」
「世の中の全ての物。はじめは高貴な者のみ使い、食し、身につける事が許されておりました。物が貴重で少なかったからです。そして時代が流れて技術がすすみ、量が増え値も下がり、そうして庶民に知れ渡っていったのです」
「なるほど」
「例えばそう、醤油ですが、(! 醤油を知っているのか?)その元祖は醤《ひしお》と呼ばれる物で、朝廷でも限られた人間しか使えぬ高級品でした。そこからたまり(醤油)が生まれ、醤油に進化したのです」
まじなんやこいつ。まさか、三人目じゃないだろうな? まさかな。
「ふむ。理にかなっておる。それで俺はどうすべきだ?」
「まず石けんを売るのを止めましょう。いえ、もちろん完全に止める訳ではありません。多利薄売。そこから徐々に価格を下げていくのです。たとえそれが五文で作れて百文で売っても、誰も文句は言いません」
「百文で売れるのか? !」
俺は信じられずに思わず身を乗り出して聞いた。
「売れまする。もちろん、このままでは売れません。材料を変え、例えば五島の最上級椿油にかえれば、あるいは百五十文でも売れましょう」
「我々商人は、物を売るのではありません。体験を売るのです」。
ん? あれ? どっかで聞いた言葉だな?
「だーかーらあー。なんでお前は売れんかなあ。給料泥棒とはお前の事だよ? 物を売るんじゃなくて、しずるを売るんだよ! シズルを!」
はい、すみません支店長! 部長! 主任! やっぱり営業は向いてないようです。
……黒歴史。ああ、思い出したくもない。
「では、これはいくらで売れる?」
俺はしばし待て、と言って書斎に戻り鉛筆を持ってくると、道喜の前にポイっと投げた。
「これは……えん、ぴつですか? そうですね、これならば、ひとつ、一貫程度では売れましょう。もちろん、このままでは売れませんよ」
えんぴつ、一貫! ?
千○ノ○の漫才ネタみたいになってしまった。
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