第12話 『魔の”F”はじめての挫折』

 1985年(昭和60年)2月1日(金) 

 テテレテッテッテ~♪

 悠真はレベルが上がった。12脳となった。

 アホか。昨日も今日も特に変わらない。学校に行って、放課後は音楽室でギターの練習して(させられて)、4人で帰る。この不思議なルーティンが始業式からずっと続いている。




 ■ある日
 
「ぐああああああ! くそがあ!」

 オレはギターを両手で持ち上げ思いきり床に叩きつけ、アンプを足で蹴ってそう叫んだのだ。




 ……と出来ればどんなにスカッとしたか。というか、仮にそうだとしても気は晴れない。敷きっぱなしにしてある布団に、ガバッと大の字に寝て、拳を握って壁をドンドンと叩く。

「あーくそ! ムカつく!」

 そう言い放って、左の手のひらを握っては開き、握っては開く。

 ・オレの手が小さいからか?
 ・指の力が弱いからか?
 ・結局はギターは、与えられたごくわずかな才能のあるヤツだけが弾けるのか?

 手が小さいのは成長すればいい? 中学生? 高校生? アホか! 待ってられん!

 オレの中の51脳が叫ぶ。力? 指の力って何だ……握力?

 センス? さらにムカつく! そんなもんどうしろってんだ! じゃあ小学生にこんな難しいもん売るなよ!

 ……無茶苦茶だ。

 自分でもわかっているが、やさしく教えてくれた川下楽器の店員の兄ちゃんの顔が浮かぶ。いや、彼は悪人じゃない。




 すうううううう、はあああああ……。

 すうううううう、はあああああ……。

 深く息を吸って、吐く。何回も何回も、深呼吸をした。オレってこんなにイラチ(関西弁?)だったんだろうか。

 少しずつイライラが治まってきたので、もう一度ギターを手に取る。

 オレは決めたじゃないか。この人生で女にモテまくってやりまくって、金を稼いで成功するって! 運動神経がなくて足も遅い、スポーツも得意じゃないオレが選んだのが、このギターじゃないか。

 こんな事で諦めてたまるか!

 中学卒業までには、人に見せても恥ずかしくないくらい上手くなって、モテロードを突っ走るんじゃなかったのか!

 やってやる! 絶対やってやる!




 もう一度深呼吸して、まず人差し指でFの基本である1フラットの1~6弦を全部押さえる。(セーハと言うらしい)

 これは……できる。そして中指で2フレットの3弦を押さえて……3フレットの4弦を小指で、5弦を薬指で……。

 これは……これは、なんとかできるんだよ。ギリギリきっついけど、オレの小さな指でもギュッとネックを握ってなんとか押さえられるんだ……。

 でもな、教則本にある、C-Am-F-G7の通りに押さえて弾こうとすると、届かねえんだよ! ちゃんと弦を押さえないといけないからギュッと握ってやってると、届かない!

 なんでだ? Fだけでギターが成り立つなら、こんなに苦労はしない。そりゃそうだ。色んな音が混じって音楽なんだよ。どうすりゃいいんだ?

 軽やかにサラサラッと弾くにはどうすりゃいいんだ?

 ん? 軽やか? ……。

 オレは冷静に指の配置と力加減、押し方とかを色々と考えてみた。人差し指から小指までは変わらない。変わらないというのは音によって指の配置が変わるが、それ以外は変わらないという意味だ。

 親指と手首はどうだ?

 ゆっくり、ゆっくりとF以外の親指と手首の配置を見ながら考えた。

 ……ちょっと力入れすぎたか?

 ネックを握り込んだ結果、親指を6弦側に突き出す形になっていたのだ。これじゃスムーズに押せないどころか、届かない。届いた時どうやってた?

 ……オレは考えてスルスルと手首をひねり、親指をネックの「背」にあたる部分に置いてみた。というか、「F」単体で弾いた時、なんとか上手く押さえられた時は、それに近い状態になっていたのでは?

 オレはこの感覚を忘れないように、もう一度手を離し(Fから手を離して)、何度もやってみる。

 やっぱりだ。指がどうのじゃない。持ち方と力の入れ方だ。まだまだ不細工でスムーズにはほど遠かったが、風間悠真12歳、人生初の挫折をクリアした(かもしれない)瞬間であった。




 ■1985年(昭和60年)3月22日(金) 卒業式当日

「ねえ悠真! 日曜日何してる?」

「明後日? ……いや、佐世保に行こうかと思ってるけど」

 式が終わって教室でワイワイやっている中、美咲が近づいてきて聞いてきた。別に嘘をつく必要もなく、普通に答えた。

 卒業式とは言っても4月からはまた同じ面子で中学に通うのだから、前世がそうであったように、別に感動もなにもない。ああ、終わったな、と。

「え? 家族で春休みに旅行に行くの?」

「いやいや、春休みに旅行なんて行かないよ。行くわけない。ははは……」

 家族旅行なんて行った記憶がない。そんな概念など、オレの実家にはないのだ。ただ、”F”のコツを少しだけ掴んだオレは、自分へのご褒美で、お年玉の残りと小遣いで、川下レコードへ行こうと思っていただけだ。

 自分へのご褒美も、前世の感覚だな。

「もしかして、1人で行くの?」

「そうだよ。去年の夏休みも行ったし、正月も行ってきた」

「へえ……すごいね、悠真……」

「……なに?」

 美咲はなんだかモジモジしている。

「じゃあ! じゃあ私も一緒に佐世保にいっていい?」

 ? それをなぜオレに聞く?

「え? いや、そりゃあ美咲が行きたいなら……いいかもしれないけど、朝早いぞ。修学旅行と同じで朝一のフェリーだから、まあ、時間的には暗くはないけど、女の子1人でって……お父さんやお母さんが許さないだろ?」

 オレが親なら小6の娘にフェリーで佐世保まではいかせない。男で中学なら、なんとか。女なら……それでも友達と一緒にだな。美咲はしばらく考えていたが、断言した。

「それなら大丈夫! パパもママも説得するから!」

「?」

 オレは良くわからなかったが、まあいいか、と思ってOKした。




 ■日曜日

「ん? なんで? なんでこうなった?」

 オレの目の前にはオシャレをした美咲、純美、凪咲なぎさの3人がいた。




 次回 第13話 (仮)『青春にはまだ早い。春休みの思い出と入学式』

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