天正元年 四月一日 越佐海峡 霧島丸 巳の三つ刻(1000)
「単縦陣とする! 我につづけ」
第四艦隊司令長官である佐々清左衛門加雲少将の号令を合図に、陣形を変え、先頭に霧島丸、次いで二番艦足柄・三番艦羽黒と続いた。
小佐々海軍では二隻以上の軍艦を戦隊とし、複数の戦隊をあわせて艦隊としていた。戦隊の長である司令官は大佐以上とし、複数の戦隊の長である司令長官は少将以上である。
駆逐艦は別で定められたが、二隻以上を隊とし、その長を司令とした。階級は中佐以上。
戦隊と隊で編制されたものは艦隊とは呼ばず、戦隊と呼ばれた。司令官は大佐ないし准将。
第四艦隊は第七戦隊と第八戦隊で構成されていたが、第四艦隊として行動する際は隊を解散し、二番艦足柄に第八戦隊司令官が座乗し次席とした。
三番艦以降は序列順に座乗し、旗艦が沈没ないし戦闘不能となった場合は順次二番艦、三番艦と指揮権が移るようになっている。
今回の通商破壊作戦は艦隊戦(と呼べる物だろうか?)を想定しておらず、旗艦を艦隊中央に配した陣形であった。
そのため、単縦陣に変更の際に第八戦隊旗艦の足柄が二番艦となった。
「長官! 敵艦変わらず、離れていきます! 艦種は、関船級程度と思われます」
単縦陣ができあがった頃に再び見張りから報告があった。
「関船数隻か……上杉水軍がこれだけとは、あり得ないが……」
「はい、なにか嫌な予感がしますが、今は戦闘配置で警戒を厳にする事しかできませぬ」
「うむ」
そうして四半刻(30分)ほどたった頃である。前方に変化があった。
「艦橋、見張り、前方に敵の兵船とおぼしき艦影見ゆ! さきほどの兵船はさらに遠ざかる!」
「何! ? 数は?」
「数、二! まっすぐむかってくる!」
「馬鹿な! ふた隻なはずがない! よく見ろ!」
はるかに大型な小佐々海軍の艦艇八隻に対して、たった二隻で攻撃をしてくるはずがない。
……。
「艦橋、見張り」
「はい艦橋!」
「敵艦二隻にあらず! 複縦陣! 複縦陣にて向かってくる! 数は……多数! 数えきれません!」
「なんだと! ?」
長官の加雲と艦長の予感は当たった。上杉水軍は何かを企んでいる。
「艦長、すぐに決断をせねばならぬが、敵の狙いはなんだと思う?」
加雲は艦長に意見を求める。
「は、定石から考えて彼我の艦の大きさを鑑みれば、安宅船に臨む小早の如く包囲し、乗り込んでの打ち合いかと存じます」
「うむ、わしもそう考えた。然れど、おしなべて(普通に)考えれば、すべての方より(全方位)近づきて取り籠まん(包囲しよう)といたすのではないか?」
「は、然れば我が艦隊が単縦陣にて航行しているため、取り籠まん(包囲しよう)といたせば広がりすぎるためではないでしょうか?」
「うむ……」
「長官、意見具申よろしいでしょうか?」
「うむ、参謀長、なんだ?」
「は、仮に敵がわれらを取り籠まんとしても、近づく前に砲撃をいたせば、小早の如き小舟の船手(海軍・水軍)など雲散霧消するかと存じます」
参謀長は対島津戦において第一艦隊に所属しており、錦江湾の台場の砲撃に加わり、島津の決死隊を砲撃と舷側の狭間筒で撃退している。
「……あいわかった。考慮いたそう」
加雲が考えている間にも上杉水軍は距離を詰めてくる。まだ大砲の射程内ではないし、艦首方向の敵であるから、艦首砲しか使えない。
上杉軍は何を考えているのだろうか?
「よし、艦長。まずは定石でまいろう。反航戦用意」
「は、反航戦用意! おもーかーじ、左砲戦用意!」
直進してくる敵にはこちらも直進し、左舷側に敵をみて砲戦を試みようとしたのだ。
しかし、上杉軍は思わぬ行動にでた。
■戸次道雪 陣中
「道雪殿! ご覧下され! 武勝は、菊池武勝は、謀反を企んでおりますぞ!」
息をきらせて戸次(立花)道雪のもとにやってきたのは神保氏張である。
「いかがされたのですか、安芸守殿」
道雪はそう言って渡された書面を見る。
「ふむ、これによると右衛門尉殿はわれらに叛くようにとれますな」
「左様、一刻も早く問いただし、事と次第によっては討ち滅ぼさねば、お味方にとって禍根となりまする!」
「安芸守殿、これは、如何様にして手に入れられたのかな?」
「間者より奪いましてございます」
「して、その間者はいまいずこに?」
「それが、恨めしき(残念な)事なれど、逃げられましてございます」
「左様にござるか。逃げられましたか……」
「申し訳ござらぬ」
「いやいや。然れど打ち任せて(簡単に)判ずる事は出来ませぬ故、しばし考えまする。時に安芸守殿」
「なんでござろう?」
「いや、土地の者である貴殿にお聞きしたい儀にござるが、我らの前には川があり、増山城の周りに陣取る上杉軍に掛かるには、川を渡らねばなりませぬ。いずこが良いだろうか?」
道雪は絵図を指し、氏張に聞く。
「そうですな……。川を渡るとなると、敵に打ち掛からるる恐れがありますゆえ、早きを第一に考えるならば、もっとも近い中田村でしょう。然れどここは深うございます。それゆえ、もっとも南の庄村より渡るのがよろしいかと」
「うべなるかな(なるほど)」
「道雪殿、いらっしゃるか?」
「これは右衛門尉殿(菊池武勝)、いかがなされた?」
「いやなに、色々と考えたのだが、二つ申し上げたき儀がござってな」
「なんでござろう?」
「うむ、一つは……」
武勝は深呼吸をして、意を決して答えた。
「あらぬ疑いをかけられてはと思い、燃やしてしまったが、やはりそれがしの心が晴れぬ故、こうして申し上げる。実には(実は)、謙信より内応を奨める文が届いた。無論返事はしておらぬ」
道雪は驚かない。
「何故あさましからぬ(驚かない)のですか?」
「ああ、その儀は故なし(理由がない)にござるゆえ、案じて(心配)はおりませぬ」
武勝の問いに対して道雪はからからと笑いながら答える。横にいる紹運が笑いをこらえている。
「なに、まずは右衛門尉殿(武勝)が有り様に(正直に)申し出てきたこと、あわせてその書状の中には、射水、婦負の二郡を領すとあったのではないですか?」
「左様にござる。何故それをご存じなのですか?」
「それは、まあ、あまり重し(重要な)事ではござらぬ。重しなのは、右衛門尉殿が二郡を手に入れるには、二つの賭けに勝たねばならぬこと。まず一つは上杉が勝つ、そして勝った後に謙信がその通りにする、という二つにござる」
「……」
「方々(色々)考えた末に、われらが勝つと思い分きけり(考えた・判断した)にござろう? その上二つの賭けをする故なし(理由がない)にござるよ」
「それは……では信を成して(信用して)いただけるので?」
「無論にござる。それからもう一つは何にござろう?」
武勝の顔がぱぁっと明るくなり、話し始める。
「は、増山城に掛かる(攻撃する)ための川を渡る瀬にござる」
「うむ」
「四つの瀬がありますが、どれも浅いが幅が広く、狭いが深いなど、一長一短にござる。幸いにしてわれらは大軍にござれば、勢を四つにわけ、それぞれに渡らせてはいかがと存じまする」
「うべなるかな(なるほど)。あいわかった。御助言、感謝いたす」
武勝は自分の心のもやを消し、かつ疑いも晴らすことが出来たので、笑みを浮かべながら陣を離れた。
・庄村の瀬は浅く、川幅も狭いが、渡河後に山があり伏兵の恐れがある。
・中田村の瀬は城から一番近く川幅も狭いが、深く腰から肩まで入らなければならない。
・大門新村の瀬は、川幅は広いが浅い。ただし途中に中州が複数あり、ぬかるんでいて動きづらい。
・一番下流にある北側の吉久新村の瀬は、浅いが川幅が広い。
道雪は武勝の助言通り軍を四つに分けるのか? それとも氏張の助言に従って庄村の瀬を渡るのか? それとも?
■第三師団、陸路にて北信濃の平倉城へ 4/5着予定。
■第二師団、吉城郡塩屋城下。
■杉浦玄任、井波城着。
■大名軍、守山城にて着到待ち、軍議終了。
■城生城別働隊、喜右衛門。行軍中24km(54.5km)
■謙信、増山城で待機中。
■第四艦隊、敵を発見。
■(秘)移動中
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