第452話 小早川隆景の苦悩と衝撃の告白

第2.5次信長包囲網と迫り来る陰
小早川隆景の苦悩と衝撃の告白

 元亀二年 四月八日 吉田郡山城

「なるほど。では左衛門佐殿は、兄弟ゆえ、兄である駿河守殿が謀反を起こすはずはない。兄はそのような男ではない、と?」

 小早川隆景はまっすぐ純正の顔を見ている。輝元も口には出さないが目で語っている。

「しかしのう、左衛門佐殿。そうは言っても五万の兵を動かしておるのだ。兄弟の勘だけで、はい、わかりました、とならないのは十分わかるであろう?」

「それは重々承知の上で、お願い申し上げております。戦にて謀をめぐらすは仕方なきといえども、好んで使いはいたしませぬ。ましてや兄弟に嘘をつくなどあり得ませぬ」

 隆景は小佐々の領内の様子や軍の様子を見て、体験している。

 元春にのせられ、騙されることはあるまい。当主の輝元は、優柔不断で経験不足な点は否めないものの、愚鈍ではない。

 鍋島直茂はあきれ顔である。次席以降に座っている幕僚も、苦笑いだ。

「御屋形様、よろしいでしょうか」

 発言の許可を求めたのは宇喜多直家である。

「うむ」

「この件に関しましては、仰せの通り確かな証が乏しゅうございます。左衛門佐殿は人の情けの話をされておりますが、それだけで納得はできません。しかしながら……」

「しかしながら、なんだ?」

 純正はさらに聞く。

「駿河守殿は確かに、謀を好む御仁ではござりませぬ。それがし幾度か戦場にて相まみえましたが、あの方の性はそれがしとは真逆にて、実にまっすぐにございました」

「宇喜多殿」

 直茂が驚きとともに、たしなめるように言う。しかし直家は飄々としている。

 

 

「申しあげます!」

 しばらくそのやり取りを続けていると、謁見の間の外から聞こえるくらいの大声で、叫びながら走り込んでくる近習がいる。

「何事か!」

 直茂が近習に呼びかける。

「ただいま、南方の艦隊司令部から緊急通信が入りましてございます!」

 近習が直茂の所まで進んで書状を渡すと、直茂はそれを持って上座へ向かい、純正に渡す。

 

 

 発 連合艦隊司令部 宛 総司令部

 秘メ ヰスパニア ビサヤノ セブニテ 城郭 拡張 セリ ガレヲン十一隻 金剛丸ト同ジ 大キサナガラ 砲門 甚ダ 多シ サラニ 小早ヨリ 大キキ船 十数隻 認ム 数ニテ 劣リ 火力ニ 劣リテハ 勝利ハ 難シ 増援 求ム 秘メ ○三○九

 

 

 予想はしていたが、それ以上の規模である。

 マニラ~メキシコ間のガレオン貿易の航路が確立されているとなると、考えたくはないが、マニラ・ガレオン船の大きさは1,700~2,000トンだ。

 しかし全長が50メートル前後と金剛丸とあまり変わらずにトン数が多いのは、おそらくトン数表記の種類の違いであろう。

 商船なので、非武装の砲室を倉庫にあてて積載トン数としていたからかもしれない。

 いずれにしても、仮に砲門数が倍として、金剛丸が16門だとすると32門×11隻で352門。対して小佐々海軍は3個艦隊で24隻で384門。

 2個艦隊であれば256門で火力において負けている。しかも旗艦以外は砲門数が少ないのだ。

「御屋形様、なんと?」

「ふむ。イスパニアの兵力が多く、援軍を請うてきおった。第三艦隊と種子島の分遣艦隊、そして台湾の陸軍部隊も、必要にあわせて送らせよう」

 純正は書状を直茂に見せ、一読した直茂は他の幕僚に回す。

「乗り込まれての白兵戦を防ぐために、三匁の狭間筒を十分にもたせる」

 

 

 発 総司令部 宛 連合艦隊司令部

 秘メ 委細 承知シタ 佐世保湊ノ 第三艦隊 ナラビニ 種子島ノ 分遣艦隊 ヲ 援軍トシテ 遣ワス 必要デアレバ 協議ヲ行ヰ 台湾ノ 陸軍兵力モ 投入セヨ マタ 随時 状況 報セ 秘メ ○四○八

 

 

「知っての通り、イスパニアとの戦も避けられぬ。ここで刻はかけられぬのだ」

 純正はそう言って輝元の決断を迫る。

「俺は諫早で駿河守殿が謀反を起こし、月山富田城へ兵を向けていると報せを受けた。それと同じくして備前や美作、播磨に因幡でも謀反が起きておるとな。その張本人が駿河守殿とも聞いたぞ」

 輝元と隆景の顔がゆがむ。

「さてどうする? おれと一緒に駿河守殿を討つか、そうすればお咎めなしとはいかぬが、情けをかけてもいい。手向かうならば一戦交えるのみ。いかに?」

 しばらくの沈黙の後、輝元が声を発そうとしたときであった。

「ご無礼つかまつりまする! 遅ればせながら参上いたしたる事、何とぞお聞き届けいただきたい!」

 上座にいる純正にもしっかり、はっきりと聞こえるような大きな通る声の持ち主は、もちろん吉川駿河守元春、その人である。

 白装束に身を包み、輝元や隆景よりさらに下座に座り、平伏する。

「近衛中将様におかれましては、卯月の候、益々ご健勝のことと心よりお慶び申し上げます。まずはこの元春、遅ればせながら参上いたしたる事、平にご容赦いただきたく、お願い申し上げ奉りまする」

 座にいるすべての者が感嘆の声をあげ、元春を注視する。

「うん、それで? 続けよ」

 純正は次を促す。

「は、さればこたびの一件は毛利本家とは一切関わり合いがなく、それがしの一存にて、累の及ばぬようお取り計らいいただきたく存じまする」

「駿河守殿、この期に及んで何を申すのか」

 直茂は強めに言うも、純正に控えよ、と言われ口をつぐむ。

「うん、それは話の中身次第であるな」

 純正は短く元春に告げる。

「では、こちらをご覧ください」

 元春は懐から取り出した書状の束を純正に渡した。

 その中には元春とやり取りをして、謀反の約束を取り付けた大名の名が記してあり、日時や場所などまで、詳細に記してあったのだ。

 純正はそれを一通一通開いて目を通し、全てを読み終わって、口を開いた。

「ふむ、筋としてはどれも同じじゃの。俺を糾弾して、時を同じくして兵を起こそうと書かれてあるわ。畿内の情勢も騒がしくなりて、将軍の御教書にいっては、われこそが毛利などと書いておるな」

 純正の顔に、どことなく笑みが浮かんだように見えた。

「それで、これがどうしたのだ? これだけではその方が謀反を企んでおらぬ証にはならぬと思うが」

 企んでいる証拠にはなるが、その逆はない。

「仰せの通りにございます。しかしながら一言で申し上げるならば、中将様がなさりたくともなされない、なさりたくない事を、中将様に代わりて行い申し上げました」

 一瞬、満座がきょとんとした。

 しかし純正は理解した。要するに純正がやりたくてもなかなか出来ないこと、出来ればやりたくない事を代わってやった、という事なのだ。

 山陰と山陽の諸大名の中から不穏分子をあぶり出し、先々の不安をなくすという作業である。しかし、何もしていない相手を処罰するというのは難しい。

 攻め滅ぼすなり改易するには、それ相応の理由が必要なのだ。仮にひとつ、無理やり滅ぼしたとしても、それではただの恐怖政治である。信用は得られない。

 では実際に兵を起こしたならどうだろうか? 味方に攻めかかってきたのであれば、これはもう、疑いようのない事実である。

「では申し上げまする。それがし、一昨年十二月の鍋島加賀守殿と同じ事を行いて、なんら恥る事はないと存じあげ奉りまする」

「な!」

(そんな、馬鹿な……)

 直茂は言葉を失い、官兵衛や直家は、どういう事だろうかと思案を巡らしている。

 純正は、一昨年の島津との戦いを思い出し、直茂と元春を交互に見ながら、思わずニヤニヤしてしまった。

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