第717話 『肥前国(州)陸海軍と大日本国陸海軍』

 天正十三年五月二十二日(1584/6/30) 肥前州庁舎

 大日本国陸海軍は、いわゆる肥前州陸海軍である。

 各州の州軍はそのまま大名の私兵が運用される事になっているが、装備や規模、練度や士気の面で国軍よりはるかに劣る。州は独立国に等しい権限を行政において持ってはいるが、紛争が起きる恐れはないので、正直なところ武士がいらないのだ。

 そのため非加盟国と接している越州越中、能州、佐州、信州、飛州、甲州、上州、野洲、常州はそこそこ揃えてはいるが、それ以外は治安維持程度の戦力しか必要がない。

 武家の子息のうち家督をつぐ長男以外は、肥前州陸海軍に入るために幼少期から教育を行い、士官教育を受ける者も多かった。もちろん向き不向きの事もあって、武家であっても商売をする者もいる。

 肥前州内で十数年前から起きていた各大名の軍事力の相対的な低下、いわゆる毛利をはじめとした服属大名の軍事力の低下が、現在の新政府内の小佐々以外の加盟国(州)で起きているのだ。

 純正は政策としてそれを行ってきた。訓練期間を要するが、各大名家の武士団の戦力を陸海軍へ逐次編入する事で、拡充を図ってきたのだ。

 織田海軍は組織的に新政府の沿岸警備隊所属となり、吉原鎮守府の指揮下に入っている。艦艇が旧式であることと、乗員の再教育が必要な事もあって、士官は海軍兵学校へ、下士官兵は吉原海兵団へ入団させていた。




「さてみんな、今回呼んだのは他でもない。拡大した肥前国、ん、ごほん肥前州の陸海軍増強の件である」

 当分ややこしい線引きが必要となるだろうが、小佐々家統治の海外領土の件である。純正はき込んだが、ここには新たに入閣した肥前国以外のスタッフはいない。

 肥前国は新政府を構成する一州であるから、対外的な戦争行為は政府議会の賛成が無い限りは行わない。しかし、既存の領土は別である。侵略するものがいれば排除しなければならない。

 そして、全てにおいて新政府予算よりも桁違いの金が動くのだ。




 ※北加伊道国(松前州を除く北加伊道本島・千島・樺太他カムチャッカ・オホーツク沿岸)

 ※沿海国(準領土・入植中・女真族がいるため……準国家?)

 ※高山国(台湾・肥前国)……将来的に高山州と改称予定。

 ※呂宋国(フィリピン・肥前国)……将来的に呂宋州と改称予定。

 ※東南亜国(ブルネイ・スラウェシ・ニューギニア・オーストラリア周辺)

 東南亜国に関しては遙か以前より入植をしているので現在進行形で拡大中だが、将来的に複数に分割して州に改称予定。

 ※印阿国(ケープタウン・マダガスカル島・カリカット・セイロン島は入植済みだが規模が小さいためまとめている)……将来的に改称予定。




「海外領土として順次入植とその他の拡充を行っているのだが、現在の陸海軍の兵力では足らなくなっているのが現状である。然りとて全てを時を同じくして整える事はできぬゆえ、優先すべき地域から考えようかと思うが如何いかがであろうか」

 戦略会議室のメンバーである鍋島直茂、宇喜多直家、黒田官兵衛、佐志方庄兵衛、尾和谷弥三郎、土居清良の六人と、海軍大臣の深堀純賢、陸軍大臣の長与純平が出席している。

 この会議で軍事予算を策定し、後日の閣僚会議で協議する事としていたのだが、純正の言葉が終わると沈黙が会議室を包む。各人がテーブルの上の領土地図を眺めながら、優先順位を考えている様子だった。

 やがて黒田官兵衛が口を開く。ちなみに官兵衛の息子の長政は元服を終えているが、現在は海軍兵学校の参号生徒になったばかりである。

「御屋形様、私見では印阿国の備えが急務かと存じます。北加伊道国はロシア・ツァーリ国の東進が考えられますが、その兵力と時期を考えれば最も先に備えねばならぬ、とは考えられませぬ。また、馬尼拉マニラ鎮守府は馬尼拉に二個艦隊、基隆キールンに一個艦隊を有し、さらに新幾内亜ニューギニアにも一個艦隊がございます」

 官兵衛の言は続く。

「イスパニアの勢はすでになく、ポルトガルならびに周りの国々とも友誼ゆうぎを温めておりますれば、我らにあだなす勢はおりませぬ。対して印亜国に関しては広大な土地という点と、ポルドガルとは只今ただいま友誼を通わしてはおりますが、いつ何時事の様が変わるかわかりませぬし、ポルトガル以外の国の進出も考えなければなりません。それ故の印阿国なのでございます」

 官兵衛の言葉が終わると、宇喜多直家がうなずきながら言葉をつなぐ。

「さすがは官兵衛殿、先を見通しておられる。それがしも同意にござる。特に卡利卡特カリカット岌朴敦ケープタウンの備えを固めれば、欧州への航路を押さえられますし、何より印度洋は広うございますので、海軍による商船団の警固も要りまする。然すれば更に、これより先の足がかりにもなりましょう」 

「確かに印阿国が重し事は思い解いて(理解して)おります。然りながら北方が全く要らぬという事にはなりますまい。ロシア・ツァ-リ国の恐れはまだないといえども、着実に進んでおる。我らが手薄になっていると見れば、一気に攻めてくる恐れも、なきにしも非ずではないか?」

 鍋島直茂は静かに聞いていたが、やがて反論した。佐志方庄兵衛は直茂の言葉に同意しつつ、段階論を唱える。

「左衛門大夫殿(直茂)のご懸念はもっともですが、北方の厳しい天気を考えると、たちまちに大き部隊の駐屯は難しに御座いましょう。それゆえ順を追って整えるのが良いかと存じます」 

「領土があまりにも広い故、足元から、東南亜国からさらに固めて徐々に広げていくのが無難かと存じます」

 議論が白熱する中、尾和谷弥三郎がポツリと発言した。

「方々のお考え、どれも一理あるかと存じますが、全てを一度に整え強める事は能いませぬ。ここは印阿国を最も重しと考えつつ、他の地域にも目配りをする。然様な計らいを要するのではないでしょうか」

 土居清良は、黙って聞いていたが、ようやく口を開いた。

「あい分かった。ではまず、後ほど直しも入れるとして、まずは印阿国。岌朴敦ケープタウン卡利卡特カリカット、ここにそれぞれ鎮守府を置き、二個艦隊の泊地とする。陸軍も同様に二個師団をそれぞれ配置。加えて北海鎮守府を岩瀬鎮守府と改め、小樽に北海を守備する小樽鎮守府を置き一個艦隊を置く。北方の街には大隊規模の部隊があるため、これをまとめて第九師団とする。ひとまずはこれでいくとする」

「はは」

 陸海軍両大臣の同意の下、予算会議にかける事となった。




 次回 第718話 (仮)『三個師団と三個艦隊。汽帆船の艦隊編成へ』

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