第764話 『新しき三省』

 天正十九年七月二十日(1590/7/20) 諫早 <小佐々純正>

 オレは諫早に戻ってきて城に戻り、吃緊きっきんの陸海軍の再編を終えて、ぐったりした。

 もうそろそろリタイヤしてもいいんじゃね? 国内は統一してないけど戦は終わったし、大日本国も出来た。オレは一応関白太政大臣だけど、別になりたくてなった訳じゃない。

 いつ辞任してもいい。

 今回は3年間の仕事という名目の家族旅行だったけど、みんなにはいい経験になったと思う。

 まあオレの場合は視察や各国の代表との会談で、ゆっくり旅行気分じゃなかったんだけどな。ああ、やっぱり日本がいいな、と思う。むかしRIMPACでハワイに行ったときでさえ、3か月だった。

 3年は長い。天と地ほどの差だ。

 そんな事を静の膝枕でウトウトしながら考える。平和だ……。




 ■会議室

「殿下、ご紹介したき人物がおります」

「ほう、誰じゃ」

 純正は鍋島直茂の改まった紹介を受けた。

「関白殿下にはご機嫌麗しく、祝着至極にございます。ただいまご紹介に与りました、宇喜多与太郎基家と申します」

「おお、春家殿の!」

 宇喜多基家は宇喜多春家の息子であり、直家の養子となっていたが、秀家が産まれたために嫡男の座を譲っていたのだ。

 宇喜多秀家はこの時19歳、基家は29歳であった。

「会議室の衆であった和泉守様(宇喜多直家)が退かれてからは、河内守様(宇喜多春家)が就かれておりましたが、その河内守様も御年五十七歳。自分にもしもの事があれば是非息子を、との願いがございました」

「そうか。オレが世話になった者達が、次々に隠居していくの。寂しい限りじゃ」

 純正はため息をついた。仕方がないこととは言え、やりきれない思いである。

「そうか、では良きに計らえ。頼むぞ基家」

「ははっ」 

「さて殿下、件の省庁再編の儀にございますが……」

「うむ」

「まずは広大な所領を統べるために、只今ただいまは内務省の管轄で行っているものでございますが、古来の律令制にない国々については、新たに省を設けるべきかと存じます」

 戦略会議室室長の鍋島直茂が、純正に進言した。

「いかなる事か?」

「は、現在、内務省では手が回らなくなっているとの声を多く耳にしております」
 
 直茂は続けた。
 
「各総督府からの報せによりますと、現地の習俗や文化、また資源の活用方法など、本土とは大きく異なる事案が山積みとなっております」

「ふむ。例えば?」

 純正が視察で見てきた実情に加え、さらに深く掘り下げた内容のようだ。

「北加伊道ではアイヌの人々との関係、沿海では現地の狩猟民との交流、ルソンでは様々な島々の首長たちとの折衝……。どれも内務省の一般的な統治方針では対応しきれないものばかりにございます」
 
 今度は尾和谷弥三郎が補足した。

「うべなるかな(なるほど)」
 
 純正はうなずいた。前世の知識から、植民地政策の難しさは理解していた。しかし、その『植民地』という言葉は使わないように気をつけている。

「それに加えて」
 
 土居三郎清良が進言を続けた。
 
「各地の資源の活用も課題となっております。北加伊道の金山、沿海の森林、ルソンの金山や麻、香辛料……。これらを適切に管理し、活用する体制が必要かと」

「ふむう……。して、いかが致す?」

「は。以下のとおり、まずは三つの省を新たに設けるべきかと存じます」
 
 今度は黒田官兵衛が口を開いた。




 1. 領土開発省
  目的:新領地の円滑な統治と発展
  主な職掌:
   各総督府との連絡調整
   現地の実情に応じた政策立案
   住民との友好関係構築
   地域特性を活かした開発計画

 2. 国土資源省
  目的:新領地の資源管理と有効活用
  主な職掌:
   資源調査と管理
   鉱山・森林の開発
   狩猟・漁労の管理
   災害対策の立案

 3. 文化交流省
  目的:異文化間の相互理解と調和
  主な職掌:
   通訳官育成
   教育制度整備
   伝統文化の保護
   学術・芸術交流の促進




「以上の省庁を新設し、既存の省庁を拡充していくことで処する事能うと存じます。加えて……」

「なに? まだあるのか?」

 純正はあきれたというかげんなりした様子だが、直茂は『は』と短く笑顔で答えただけで続ける。

「年齢により隠居を望む者もおります」

 純正は60歳を待たずして隠居を希望していた佐志方杢兵衛(庄兵衛の祖父)を思い出した。その杢兵衛も68歳である。

 そして他にも深堀大膳純賢、曽根九郎次郎定政など、かつての功臣たちが次々と隠居の年齢となっている。上限を設けるつもりはないが、後進に活躍の場を設けるのも先達としての役目である。

「うーむ」
 
 これは大規模な人事異動になりそうだ、と純正は思った。新設の省に新しい人材を配置しつつ、隠居する古参の後任も決めなければならない。

 この時期に一斉に人事を行うのは、ある意味でよい機会かもしれない。60歳前後の功臣たちを顧問職に移し、40代後半から50代前半の世代を中心に据える。
 
 さらにその下の30代後半から40代前半の人材を次の世代として育成していく。

 純正の頭の中で組織図が展開される。新設の三省については、諸家から適材を……。

「名誉顧問や顧問職を設け、これまでの功績を称えつつ、新しい血を入れていくと致しましょうか」

 直茂の言葉に、会議室のメンバーはうなずいた。これまでの恩義ある功臣たちへの礼を失せず、かつ新しい時代に対応できる組織作りが必要なのだ。

「ただし、一度にすべてを変えるのではなく、半年ほどかけて段階的に進めていく。まずは……新設三省の人事からじゃ」

 純正は言い、全員を見渡す。

 各省庁の大臣は純正が選ぶか会議室のメンバーからの推薦で決まり、次官以下も純正の推任か会議衆の推薦、もしくは大臣の推任によって決められていた。

「文化交流省には、外務省から柚谷ゆずや康広殿を推したい。アジア・太平洋渉外局で各地の文化や習俗を学び、若い頃から異国の言葉にも通じておる」

「柚谷智広殿も同様の経験を持つが、康広殿の方が交渉経験は豊富か」
 
  官兵衛が言うと清良が付け加えた。

「国土資源省には、景轍玄蘇けいてつげんそ殿配下で各地の物産に詳しい松浦鎮信殿はどうか。中国・朝鮮・琉球での経験もあり、若いが手腕は確か」
 
 尾和谷弥三郎が進言した。

「領土開発省の方が、彼の経験は活きるのではないか」
 
 佐志方庄兵衛が口を挟む。

「それなら日高このむ殿を。甲斐守殿は父上の日高たすく殿同様、外交の経験豊富。諸国の開発政策にも詳しい」
 
 弥三郎が言い直す。

 純正は各人の経歴を頭に思い浮かべながら、新設の三省の人事の最適化を考えていた。




 領土開発省
  大臣:日高喜(甲斐守・51歳)正六位下民部大丞

 国土資源省
  大臣:松浦鎮信(41歳)

 文化交流省
  大臣:柚谷康広(45歳)




 次回予告 第764話『勢力圏構想』

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