第253話 『清河八郎とヒュースケン、陰謀の痕跡』

 万延元年十二月四日(1861/1/7) 

 史実における長井雅楽の航海遠略策は、公武合体が進まず窮地に陥っていた幕府にとっては渡りに船の政論であったが、今世は攘夷じょうい運動や倒幕運動もそこまで高まっていない。

 そのため少なくとも、次郎や上野介が行っている政策の『従』と言える役割にとどまった。

 自由貿易という点では上野介の政策に反するが、5品目以外の商品なら良いのだ。それに上野介も、幕府の弱体化につながらなければ、諸藩を押さえ込む意味でも、商人の力が高まるのはデメリットではないだろう。

 次郎的には幕府が自藩の権益を侵すことなく、うまいこと存続して(内戦なく)立憲君主制になればいい。




 ■京都

「諸君、もはや公儀に過去の威光はない。それは大老井伊直弼が討たれた事でも明らかである。事の発端は黒船来航のおりの弱腰外交にあるが、いかに題目を変えたとはいえ、和親だけならまだしも、要のない交易をする条約を結んだ。公儀がやらぬのなら、我ら志士が集まって大義をなさねばならぬ。そうは思わぬか?」

 そうだそうだ! という声が上がり、満足げに集まった15人を見渡すのは清河八郎である。

「然れど清河殿、公儀のこの一連の行いに、西国肥前の大村家中が関わっておるそうだが、貴殿はなにか存じておるのか?」

 そう質問する山岡鉄舟に対して、八郎は答える。

「それよ。それこそが公儀の威光が落ちておる証左にござろう。かつて黒船来航のおりに公儀は諸侯に考えを求めた。我ら市井の者たちまでもだ。ゆえに西国の一大名が公儀の政に口を出すという事になったのであろうが、いずれにして我らが為すべき事に変わりはない」

然様さよう、ですな」

 山岡鉄舟は同意するも、だとしてもその西国の一大名が簡単に幕政に関われるのだろうか? と疑問に思うのであった。

「今ごろは我らが同志が事を起こしているであろう」

 おおお! 次は我らですな!

 各々が気を吐き、盛り上がりを見せる。




 ■アメリカ公使館(善福寺宿舎)

 夜は静寂に包まれていたが、アメリカ領事館の中は騒然としていた。血まみれのヒュースケンが運び込まれたのだ。ハリスは気が気ではなかった。

 突如、門衛が慌てた様子で報告に駆け込んでくる。

「公使! 日本の医者がヒュースケン様の治療を申し出ております!」

「日本の医者だと?」

 ハリスは眉をひそめた。

「I want to help you!」

 私(誰なのかは不明)を助けたいだと? 片言の英語で何を言っている……。

 窓を開けてその様子を見たヒュースケンは、イライラとため息が混じった感情だ。重体のヒュースケンを、日本の医者になど任せられるか、馬鹿馬鹿しい。

「追い返せ!」

「はい!」




「I am omura family!」

 私は大村家? ……ふん。なんだその英語は。いずれにしても日本人などに……ん、大村家?

 ハリスはもう一度窓際に駆け寄り、月明かりの下で待機する十数名の洋装と侍姿の男たちを目にした。その中心にいた、さっきまで叫んでいた者とは違う、20歳そこそこの若者が大声で叫ぶ。

「I am Syun-nosuke Nagayo. I am a doctor in the Omura family. I have been ordered by the head retainer, Jirozaemon Otawa , to establish a hospital in Edo and to help Mr. Harris and Mr. Husken in the event that something should happen to them. 」

(私は長与俊之助。大村家中の医師です。筆頭家老太田和次郎左衛門様の命にて、江戸の病院設立とあわせ、ハリス様やヒュースケン様に何かあった場合に、必ずお助けせよと命にございます)

 日本人とは思えない流暢りゅうちょうな英語である。さっきまでは別の人間が喋っていたのだろう。

「……すぐ開けよ! 先生には私が話す。絶対にヒュースケンを死なせてはならない!」

 しばらく呆然ぼうぜんとしていたハリスであったが、我に返って大声で指示を出した。

 領事館の一室は即席の手術室と化していた。俊之助は冷静沈着な様子で指示を出し続ける。

「エーテルの準備は?」

 その言葉に、領事館付きの医師が驚きの声を上げた。

「エーテル? まさか麻酔に使うつもりか?」

「そうです。これにより患者の苦痛を和らげ、より安全に処置を行えます」

 俊之助は落ち着いた様子で答えた。とても24歳とは思えない。

 本来、大村藩では尾上一之進の指導のもと、医学部(6年)を卒業し、試験に合格したものに免状が発行される。緒方洪庵や二宮敬作、石井宗謙も例外ではない。

 3人は経験豊富なので、さすがに免状制度には抵抗があったようだが、それぞれの医師がそれぞれの尺度で免状を発行すれば、迷惑するのは患者なのだ。

 苦労してその3人も取得した。

 しかし俊之助のスピードは異例である。免状が発行されて間もないが、その手術の手技においては、師である一之進に迫るものがあったのだ。

 今回の一進館江戸病院の開設にあたっても、京都病院の緒方洪庵や二宮敬作、石井宗謙の推薦があって命じられたのである。
 
 もちろん、院長には経験のある年配の医師が就任するが、まさに異例中の異例であった。

 一之進は数えで39歳。外科医としてメスを握れるのもあと数年である。そういう意味で俊之助に経験を積ませようとしたのかもしれない。
 
 洪庵、敬作、宗謙も第一線を退き、後進の指導にあたっている。




 アメリカ人医師の顔に困惑の色が浮かぶ。

「だが、エーテル麻酔の技術はまだ新しい。ボストンのモートン博士が初めて使用したのはたった15年前のことだぞ。我が国でもすべての病院が行っているわけではない」

「はい、存じております」

 俊之助は静かに答えた。

「しかし我が家中ではモートン博士と同じ、十五年ほど前よりエーテル麻酔を実践しています」
 
 アメリカ人医師は言葉を失ったが、俊之助は続ける。

「さて、時間がありません。エーテル投与を開始します」

 俊之助の指示のもと、エーテルが慎重に投与された。ヒュースケンの呼吸が安定するのを確認すると、俊之助は手術を開始する。その手際の良さと精密さに、医師は息をのんだ。

 出血を最小限に抑えながら、俊之助は傷口を丁寧に縫合していく。

「これは……」

 領事館付きの医師がつぶやいた。

「私が学んだどの手技よりも洗練されている」

 手袋にサージカルルーペ、マスクに様々なメスや手術用具……。手技はもちろんの事、その全てが未知の物であった。

 手術が進むにつれ、部屋の空気が変わっていく。最初は疑念の目を向けていたアメリカ人医師も、次第に俊之助の技術に敬意を示すようになっていった。




 数時間後に手術は無事に終了し、俊之助は汗を拭いながら、ハリスに向かって報告した。

「手術は成功しました。ヒュースケンさんの命に危険はありません」

 安堵あんどの表情を浮かべるハリス。しかしそこにいた医師には複雑な思いが宿り、それはハリスにも伝わった。

「君たちの医術は……まさに驚異的だ。これほどまでに進んでいるとは」

 ハリスの言葉を受けて俊之助は言う。

「我らは、東西の知識を融合させることで、より優れた医療を目指しています。我が家中では、蘭学らんがくを通じて西洋医学を学び、それを日々研鑽けんさんして只今ただいまに至ります。もちろん、今後も続けていきます」




 東西の知識? 蘭学? 見た事もない手技に用具、アメリカでもやっと一般的になりつつあるエーテル麻酔を、この極東の地で15年も前からだと?

 ハリスは医学においても驚かされたのであった。




 ■江戸 薩摩藩邸

「なに! ? そげん馬鹿な事があろうか? 間違いじゃなかとか?」

 江戸において情報収集をしていた西郷吉之助(隆盛)は、電信文を伝えに来た配下に確認した。

「吉之助どん、間違いじゃあいもはん。こいを見たもんせ」




 発 市来四郎 宛 西郷吉之助

 殿ゴ逝去 至急戻ラレタシ




「そげん馬鹿な事があってたまっか」

 西郷は何度も読み返したが、……逝去の文字は変わらなかった。




 次回 第254話 (仮)『歴史は、変わらないのか?』

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