第752話 『飢饉のその後とジャガイモ畑』

 天正十八年五月二十六日(1589/7/8) 仙台城

「では、早速本題に入りま しょう」

 と小佐々治三郎純久が切り出した。

只今ただいまの奥州の事の様ことのさまについて、伊達殿から説いていただきましょう」

 政宗は深刻な表情で答える。

れば、只今はしう(非常に)厳しいものがございます。昨年来の飢饉ききんにより各地で食糧が足りぬ有り様にて、施し米がなければ一揆いっきとなっておったやもしれませぬ。然れど此度こたびの施し米は大変ありがたいのですが、これだけでは長きにわたる落着(解決)とはならぬかと存じます」

「つぶさ(具合的)には如何いかなる策を考えておられますか?」

 石田正継が質問を投げかけた。

「まずは施し米を等しく分け与え、同じく種籾たねもみも配りまするが、根元から解く(根本の解決)には取れ高を上げるほかないと考えております」

「取れ高を上げるとは、つぶさには如何なる事でしょうや」

 石田正澄が聞き返すと、政宗は熱心に説明を始める。

「まずは新しき農業の技を取り入れ、灌漑かんがいのしつらい(設備)を整える事が肝要かと。また、寒さに強き稲の種を考え、作り出す事もせねばならぬかと存じます。然れば極めて多大な銭と月日が要りますが、長い目で見れば必ずや果(結果)となると考えます」

 純久がうなずく。

「うべなるかな(なるほど)。然らば只今の食糧不足の問題を解くには、関東以外にも畿内や西国より米を集め、十分に渡るよう用意せねばなりますまい。また、商人の買いだめをなくし、不当な値で売りさばかれる事のなきよう図る事も肝要にござる」

 純久は正澄と正継を見て続ける。

「二人は戻ったならば農商務省の者と良きに計らうよう」

「 「ははっ」 」




 政宗は感謝の意を込める。

「誠にありがたき仕儀にございます。これにて民の命を繋ぐことができましょう」

「然れど伊達殿。斯様かような事は二度と起こしてはなりませぬ。如何に天の理には逆らえぬとは申せ、なんらかの手を打っておかねばなりますまい。さきほど仰せであった、以後の策をさらにつぶさに伺いたい」

 純久が厳しい表情で言葉を続けると、政宗は背筋を伸ばし、力強く語り始める。

「まずは各地の蔵をこれまでよりも増やし、不作の年に備えて十分な量の米を蓄えます。また、新たな作物を植え育てるよういたしたいと考えております」
 
 正継が興味を示す。

「新たな作物とは、つぶさ(具体的)には如何なるものでしょうか」
 
「はい、『じゃがいも』なる作物で、寒さに強く育てるに易し。加えて取れ高も多いと聞き及んでおります。同じく寒さの厳しい信州や甲州、さらに北の大地である蝦夷地でも収穫が成り、十分に米の代わりとなっていると。つきましてはその種芋と育て方を、中央より人を遣わして教えていただきとう存じます」

 政宗は真剣な眼差しで答えた。

「分かり申した。新たな作物については某も考えていた。では隠岐守どの(石田正継)、木工頭どの(石田正澄)、よろしいか」

「 「はは」 」

「他には如何なる考えがおありか?」

 純久は政宗に、その他の農業振興策を聞く。

「は、まずは大崎の地を灌漑すべく岩出山に大せきを造り、江合川から取水して実り豊かな田を造りたいと考えております。すべて成せば四千町歩ほどになりますゆえ、二万五千石ほどの高となりましょう。まだまだ足りませぬが、じゃがいもやその他の作物と合わせれば、此度のような飢饉にも耐えうるかと存じます」

「ほほう、それは素晴らしい」

 純久は政宗の計画に感心し、具体的な計画や資金などの詳細を話し合っていくのであった。




 ■アムステルダム <フレデリック>

 あれからオレは市内の市場を探し回ったが、じゃがいもは見当たらなかった。

 それどころか、ジャガイモってなんだ? と聞かれたのだ。

 おかしい。

 その後は市場をでて、郊外の農家を探し回った。さすがに見つかると思ったんだが、誰も栽培していない。そして同じように『じゃがいも?』と聞かれたのだ。

 おかしい。おかしいぞ。ジャガイモは中南米原産でスペインが持ち帰ったんじゃないのか? 1570年前後に中南米から渡来しているはずだ。市場でもなく、農家も知らないなら、ないのと同じじゃないか。

 読んだ文献が間違っていたのか?

 いやいや、年代が若干違っても、じゃがいもが15~16世紀にヨーロッパに伝来したのは通説だ。もしかして歴史が変わってる? もしくは伝えられている文献が間違っているのだろうか?

 マジで参った。

 しかし止める訳にはいかない。困った時は……知ってそうな人に聞くのが1番だ。そこでまず、地元の博物学者を訪ねることにした。彼らなら新しい作物について何か知っているかもしれない。
 
「Patata(じゃがいも)? 聞いた事ありませんね」

 最初に訪れた博物学者は首を傾げ、次に訪れた学者も同じ反応だったが、3人目の学者は違った。

「おや、フレデリック様ではありませんか。どうしたのですか? まさかPatataにご興味がおありとは」

 やっと、やっとだ。やっとジャガイモに到達した。聞けば確かにオレが考えていたように、中南米から20年ほど前に渡来している。オレは興奮を抑えながら、学者にさらに詳しい話を聞いた。

「Patataは確かに珍しい植物です。スペインの探検家たちが新大陸から持ち帰ったものですが、まだ一般には広まっていません」

 とカロルス・クルシウスは説明した。

「どこで見ることができますか?」

 もったいない! オレは急いで尋ねた。

「今は季節ではありませんから、ちょうど私も裏の植物園で植え付けをするところなのです。Potataは一部の植物園や貴族の庭園で栽培されているだけですし、それも観賞用としてで食用としてはほとんど扱われていません」

「そんな馬鹿な! まさか食べられない訳ではないでしょう?」

「いえ、食べられますが、多くの人はまだその価値を理解していません。毒があると誤解している人も多いのです。聖書に載っていないので悪魔の食べ物と忌避している者も多いのが現実です」

 クルシウスはそう説明し、悲しげな表情で続ける。ああ、あの青っぽくなった皮とか芽の事だな。

「実はこのPatataには驚くべき特性があるのです。ヨーロッパの主要作物と比べ、寒冷な気候にも強く、やせた土地でも育ちます。さらに、同じ面積で栽培すると、他の作物よりも収穫量が格段に多いのです」

 オレは目を見開いた。学者のお墨付きがあれば、大々的に生産ができる。そうなれば食糧問題は解決され、飢餓問題や、ひいては労働力の向上につながって、生産性が上がる。

 戦争をする際の兵糧にしたってそうだ。

「それほど優れた作物なのに、なぜ広まっていないのでしょうか」

「新しいものへの抵抗がある上、宗教的な偏見も障害となっています。しかし、私はこの作物が将来、食糧不足に悩む地域を救う可能性があると確信しているのです」

 クルシウスは肩を落とした。

 良し! 良し! 良し!

「すみません。これ、種芋をわけていただく事はできませんか?」

 クルシウスは少し考え込んだ。

「苗芋をお分けする、ですか。珍しい要望ですね。通常、この植物はまだ研究段階で、一般の方にお渡しすることはないのですが……」

 クルシウスは考え込んでいたが、オレのキラキラした眼差し(?)に心動かされたのだろうか。

 でもオレは急に気づいた。そうだ、なんでこんな小規模な話をしているんだ?

「クルシウス先生、ちょっと待ってください。もっと大きく考えましょう」

 クルシウスは興味深そうにオレを見た。

「ここにある種芋全部を使えばいいんじゃないですか? 兄上に許可をもらって、先生の指導の下で大々的に栽培するんです。オレも手伝います」

 クルシウスは驚いたように目を見開いた。

「1個の種芋から10個ほどの芋ができるんでしょう? それなら、倍々で増やせるはずです。オランダ中の種芋を集めて、いやヨーロッパ中から集めるのです」

 オレはさらに熱を込めて話を続けた。

「先生、すぐに兄に話を持ちかけましょう。この計画を実現させれば、オランダの、いやヨーロッパの未来が変わるかもしれないんです」




 ようやくフレデリックのジャガイモ大栽培計画が始まった。




 次回 第753話 (仮)『肥料はどうなんだ?』

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