1985年(昭和60年)7月23日(火) 玉の浜海水浴場 <風間悠真>
昨日の衝撃的な光景が頭から離れないまま、オレは午前中の練習が終わった後に海の家に向かった。叔父さんが言っていた新しいバイト3人が誰なのか、正直気になっていた。まさか知り合いじゃないよな……。
「お~い、悠真!」
叔父さんの声が聞こえ、オレは小走りで海の家に近づいた。
「え! ?」
そこで目にした光景に思わず足を止めた。目の前には、エプロン姿の美咲、凪咲、純美が立っていた。3人とも笑顔で手を振っているではないか。
バレー部の練習、早く終わったのか?
いやいや、そこじゃない! なんでいるんだ?
「びっくりした?」
凪咲が明るい声で言った。
「私たち、悠真と一緒にバイトすることにしたの!」
オレは言葉を失った。昨日、叔父さんが電話で話していたのは……これか。
「そ、そうか……」
オレは動揺を隠しきれず、とっさの返事しかできなかった。そう言えば凪咲のお母さんは叔父さんの奥さんの同級生だった。オレは葬式の時に会っているから知っていたのだ。
「悠真、知り合いか? よかったな!」
叔父さんが笑顔で言う。
いや、なんで? 知っていたんなら教えてくれよ。こっちにだって心の準備ってものがいろいろある……。
「じゃあ、さっそく仕事を始めようか」
オレは深呼吸をして心を落ち着かせた。
これは予想外の展開だったが、3人と一緒に働けるのは悪くない。むしろ、チャンスかもしれない。夏は悪魔の誘惑が男にも女にもささやく季節なのだ!
? 誰がそんな事言ったんだ?
「よし、じゃあみんなで頑張ろう!」
オレは笑顔で3人に声をかけた。最初のうちは慣れない仕事に3人も戸惑っていたが、すぐにコツをつかんでいった。美咲はかき氷作りが上手く、凪咲は接客が得意だった。
純美は黙々と働き、テキパキと注文をこなしていく。
オレは時々、3人の姿を目で追っていた。夏の私服の、といってもみんな同じだが、その上にかぶせたエプロン姿で働く3人は、妙に大人っぽく見えたのだ。
特に、ショートパンツから伸びる脚線美には目を奪われそうになって、鼻の下がのびてデレッとなっているのがわかる。バイトは昼からなので海水浴客が多い。
若い男女のグループも多く、にぎやかな雰囲気になってきた。
そんな中、オレは不穏な空気を感じ取った。
まずは美咲だ。
「お姉さん、かき氷美味しそう!」
20代前半くらいの男性客が、美咲に話しかけている。
「ありがとうございます! 何味にしましょうか」
美咲は笑顔で答える。
「うーん、お姉さんのオススメは?」
男は明らかに美咲に興味を示している。オレは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
「そうですね、ブルーハワイが人気ですよ」
美咲は丁寧に接客を続けている。しかし、男性の視線は明らかに美咲の体を舐めるように見ていた。
「じゃあそれで。ところでお姉さん……今何年生?」
男はニヤニヤ笑いながら、美咲にどんどん近づいていく。オレは反射的に動き出していた。
「アルバイトってことは高校生? 名前なんていうの?」
男が美咲の肩を触ろうとした時、オレは割って入った。
「おまたせしましたー! お先にブルーハワイです」
オレは男性客に笑顔で言った後、美咲をかばうようにして前に立った。そして男性客をそのまま笑顔で無言のまま見つめる。
男性客は少し戸惑った様子で、オレと美咲を交互に見た。
「あ、ああ……ありがとう」
男は気まずそうにかき氷を受け取り、それ以上何も言わずにその場を離れた。美咲はホッとした表情でオレを見る。
「ありがとう、悠真」
「気にするな。ああいう奴らには気をつけろよ」
オレは軽く言ったが、内心はまだモヤモヤしていた。
「あの……悠真?」
「ん? なんだ?」
「ひょっとして、助けてくれた? 私がナンパされて嫌だった?」
美咲が上目遣いで聞いてくる。
「え? いや、そんなんじゃ……」
オレは思わず口ごもった。確かに美咲がナンパされているのを見て、オレは無意識に動いていたのだ。
「そう……なんだ」
美咲はなぜか、少し残念そうな表情を浮かべたように見えた。
「いや、待った。うん、うん……そう、気になった、……い、いやだった……よ」
なんだオレ、12脳のオレはこんなことにも対処できねえのか? 51脳のオレがため息をつく。
「ほんと? 本当に?」
「ああ」
「えっへへ~。じゃあこれからも守ってね」
暗かった美咲が急に明るく元気になった。
「あ、ああ。もちろんだ」
オレは言葉を発しながら自分の顔が熱くなるのを感じた。美咲の笑顔を見て、胸がドキドキするのを抑えられない。
そんな時、今度は凪咲の方で騒がしくなった。
「ねえねえ、君かわいいね。地元の子? バイト何時に終わるの?」
大学生くらいの男性グループが凪咲に話しかけている。
「あはは、ご想像にお任せしまーす♪」
凪咲は上手くはぐらかそうとしていたが、男性たちは諦める様子がない。オレは思わず体が動いていた。
「凪咲~! 3番テーブルのお客様、アイスコーヒーのおかわりだってさ!」
オレは大きな声で呼びかけた。凪咲は申し訳なさそうに男性たちに頭を下げ、『失礼します!』と言ってオレの方へ向かってきた。
「ありがとう、悠真」
凪咲は小声で言った。
「助かったよ」
「気にするな。仕事に集中しろよ」
オレは冷静を装ったが、内心はホッとしていた。
「ねえ悠真? 私が男子と話していると気になる?」
「え? あ、そんな事で気にならねえよ」
「ナンパされても?」
「え? いや、それは……」
「あー悠真かわいい~♪ 耳が真っ赤だよ~」
「ば、馬鹿たれ! 早く行ってこいよ!」
「はーい♪ 次も守ってね~」
おいおいどうしたオレ! なんでオレが耳真っ赤なんだよ! 確かにこの年の男は、好きな子が他の男と話していると、地獄耳になる。気になって仕方がないのだ。
でもおれは51脳なんだぞ!
そんなオレの内心の葛藤をよそに、今度は純美の方で騒ぎが起きていた。
「ねえ、君。この辺りで美味しいお店知らない? 一緒に探してみない?」
20代後半くらいの男性が純美に声をかけている。純美は戸惑った様子で答えようとしている。
「えっと……私は……」
オレは思わず体が動いていた。
「純美! 叔父さんが呼んでるよ! 注文の確認だって!」
純美はホッとしたような表情を浮かべ、『すみません、失礼します』と男性に軽く頭を下げてオレについてきた。
「ありがとう……悠真」
純美は小さな声で言った。オレは胸がキュンとするのを感じた。
「気にするな。仕事中はああいう奴らに気をつけろよ」
オレは強がって言ったが、内心では『また守ってしまった』と思っていた。
・好きな女がナンパされていたら気が気じゃない。
・オレの女に手を出すな。
どっちなのかわからない。ひょっとすると両方かも。
5時過ぎに仕事が終わって、3人がそろってオレの元に来た。
「悠真、今日はありがとう」
「そうだよ、助かったよ」
「悠真がいてくれて安心だった」
美咲が言うと凪咲も続き、最後に純美が恥ずかしそうに小声で言った。オレは顔が熱くなるのを感じた。なんでだ? 51脳なのに、こんな単純な言葉でドキドキするなんて。
「べ、別に。当たり前だろ。みんなを守るのはオレの……仕事っていうか……まあ、そういうもんだろ」
オレは言葉を濁した。3人は嬉しそうに笑顔を見せた。
「よーし、これからも4人で頑張ろう!」
凪咲が元気よく言うと、みんなで力強くうなずいた。
第27話 (仮)『生○Vを目撃しているのを目撃された』
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