第30話 『太田純美のズルい! 私も!』

 1985年(昭和60年)8月31日(土) <風間悠真>

「えーずるい! 私も行きたい!」

 いや、うーん。そうは言ってもね……あれは不可抗力だから。

 凪咲なぎさとのお泊まり旅行となってしまったデートは、予想通り美咲と純美あやみに知られてしまった。あの後オレは親父にタコ殴りにされ、腫れた顔をさらして凪咲の家に謝りに行かされた。

 親父も一緒にいったんだが、凪咲の親父さんはもうすっかり、どうしたの? って感じで外泊の件は意に介しておらず、親父と意気投合して酒を飲んでいた。

 とまあ、そんな感じでようやく腫れは引いてきたものの、2度とすんなって釘をさされたんだよな。

 デートの定義って、もの凄くざっくりイメージで言うと、同じ時間を共有することだと思う。そういう意味では、登下校もそうだし、ああ学級委員とかそういうのはなしね。

 夏祭りや佐世保に4人で行ったのもデートだ。そこで『お泊まり』がつくというのは、非常に多くのアドバンテージを持つ。というかオレもそう思う。

 何度かデートを重ねて、というか関係を持ってからしかないぞ? 持ってないのにお泊まりってハードルが高すぎるしな! 女子は引くだろ?

 それを、そういう事があるかもしれないのに(凪咲の時はなかったが)、行きたいってのはどういう意味だ?

 あってもいいって事? やっちゃうよ、オレ。

 でもそういうのはなしで、単に一緒の時間、特に夜の時間を過ごしたいのか? ……いやいやそんな理不尽な。そんなオレの気持ちをよそに、3人はかたまってキャッキャと話している。

 美咲もなんだか羨ましそうにしているんだが……。




「いや、あれはオレの間違いでああなったけど、だいたい純美、親をどうやって説得するの?」

 オレの言葉に、純美は少し考え込むような表情を見せたが、すぐに明るい顔で答えた。

「それなら大丈夫♪ お母さん、意外とわかってくれるの。ちゃんと説明すれば許してくれると思う!」

 純美の自信に満ちた様子に、オレは少し戸惑いを感じた。

「いや、ちゃんとって、そう簡単に言うけどさ……。オレと夜までデートするけど、泊まるところは別だから安心だって言うの?」

 純美は顔を赤らめて言葉につまったが、その時美咲が口を挟んだ。

「でもさ、悠真。凪咲だけずるいよ。私たちだってチャンスがあっていいじゃない」

 いや、まあ、確かにそうなんだが……。言っておくけど、オレ個人的には大歓迎なんだぜ!

「え?  でも、あれはたまたまで……」
 
 凪咲はそう言って表情を曇らせた。

「たまたまだろうが何だろうが、結果は同じじゃん」

 美咲の声には明らかな苛立ちが混じっていた。純美は小さな声で言う。

「私も……ちょっとだけ、うらやましかった……」

「ちょっと待って、落ち着いて……。そもそも……」

 オレは困惑して3人の顔を見回した。

「そもそもじゃないってば!」

 美咲が声を荒らげた。

「悠真、あんたって凪咲の味方なの?  私たちのことはどうでもいいの?」

 凪咲も負けじと言い返す。

「私だってそうなりたくてなったわけじゃないよ!  なんで責められなきゃいけないの?」

 純美は泣きそうな顔で両手で耳を塞いだ。

 オレは頭を抱えた。(くそっ、どうすりゃいいんだ……)




 ……。

「よしわかった! 純美! 行こう! お泊まりデートだ!」

 オレの突然の宣言に、全員が静まり返った。ちなみにこの会話は、夏休みの最終日に叔父さんが考えてくれた、焼きそばやジュースや花火やらの、ちょっとしたお祝い(解散パーティー?)の帰りだ。

 純美は顔を真っ赤にして目を伏せている。嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情だ。純美が小さな声で、でも期待に満ちた様子で言う。

「え?  本当に……悠真、どうするの?」
 
「うん、ここでみんなに提案だ」

「 「 「なに?」 」 」

「問題になってくるのは親の説得だよね?」

 オレがそう言うと、3人の女子たちは息をのんで聞き入る様子だった。

 オレは続ける。

「だから今回、今後も続けるかもしれないけど、建前は3人一緒に佐世保に遊びに行くって事にするんだよ。もちろん、最初から泊まりって言っておく。なんで泊まるのかって聞かれたら、先輩のバンドのライブを見に行くっていえばいいし、泊まる場所は……あ! ていうか純美、姉ちゃんいるって言ってなかった? 佐世保の県大に行ってる……」

 純美は驚いた表情で顔を上げる。

「え?  そうだよ……お姉ちゃん、佐世保の県立大に通ってるけど……」

 美咲が目を輝かせて言う。

「それいいじゃん!  純美のお姉さんの家に泊まるってことにすれば、親も安心するでしょ!」

「でも、嘘つくのはちょっとどうかなって……」

 凪咲は眉をひそめて言ったので、オレは少し考え込みながら言った。

「うん。嘘だよね。いくつかつかなくちゃならない。オレは親父に、今度やったら絶対に許さんぞってまで言われたけど、もし純美や美咲が行きたいって言うんだったら、構わない。殴られてもいいと思ってる」

 純美は驚きと心配が入り混じった表情でオレを見つめ、小さな声で言う。

「悠真……そこまでしてくれるの?  でも、殴られるのは……」

「それだけしてもいいって事だ。というかオレの不注意でこうなったからね。確かに怒られるのは嫌だけど、それはしょうがない。でも問題はそこじゃない」

 問題って? ……3人が口々に言った。

「親さ。まず間違いなく、正直に言えばみんなの親は許してくれない。そして嘘をつけばOKかもしれないけど、バレたら怒られるし、みんなが親とケンカするかもしれないって事」

 オレは3人それぞれの顔を見ながら言う。

「だからオレ的には、凪咲と同じように純美や美咲とデートしたいし、その方が公平だと思う。でも、現実的じゃないだろ? だからオレは、いつでも行けるって気持ちを伝えたんだ。純美……ごめん。これで、許してくれないか? 埋め合わせは、するよ」

 純美は少し驚いた表情を浮かべながら、目を伏せて小さな声で言う。

「悠真……そんなことしなくていいよ。埋め合わせなんていらない。むしろ、私が勝手なこと言っちゃってごめんね」

 美咲は少し落胆した様子だが、理解を示すようにうなずく。

「そっか……やっぱり無理だよね。親を説得するのは難しいかも……でも、悠真がちゃんと考えてくれてるのがわかっただけでも、すごく嬉しい!」

 凪咲はほっとしたような、でも少し複雑な表情を浮かべていた。




「じゃあ、美咲と純美は昼間の佐世保デートをしよう。3人で買い物するって感じで佐世保にいって、そこで別れてオレと合流、んで確認したら今の時刻表で16:10で有川までいくのがあるから、それで帰る。これで良くない?」

 結局、その線で落ち着いた。

 これから先4人で一緒に、というよりも、2人っきりで会うことが増えていくだろうな……。

 ん? じゃあホテル新城もありじゃね? ……と思ったが、さすがに無理があるか。




 次回 第31話 (仮)『面倒くさいがまたクラス委員。高遠菜々子と』

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