第36話 『ニッキー・ユーマ・グループNYG(仮)と礼子とのアクシデント』

 1985年(昭和60年)10月18日(金) 文化祭(文化発表会)<風間悠真>

 Mötley Crüe(モトリー・クルー)
 ・Shout At The Devil

 Hanoi Rocks(ハノイロックス)
 ・Tragedy
 ・Oriental Beat
 ・Malibu Beach Nightmare
 ・Back to Mystery City

 これがオレ達が選んだ曲目で、モトリーはちょっと……最初はちょっと厳しいので最後か、観客の状況をみて間に入れようと考えていた。緊張する……。




「Hey guys! Thanks for coming to see our band today! Let’s all have a great time! First up is Tragedy from Hanoi Rocks! Here we go!(やあ、みんな! 今日はオレ達のバンドを見に来てくれてありがとう! みんなでゴキゲンな時間を時間を過ごそうぜ! まずはハノイ・ロックスのTragedyから! いくぜ!)」

 タンタンタンダラン! ……ドラムから始まってベースのリズムをとりながら、オレがサイドギターを聞いてリードギターが入る。




 美咲、凪咲なぎさ、純美は最前列で固まって立っている。
 
 3人とも目を輝かせ、オレの演奏に釘付けだ。美咲は手拍子を取り始め、凪咲は体を揺らしている。純美は少し恥ずかしそうだが、小さくうなずきながらリズムを取っている。

 が、他の観客の反応はイマイチだ。まあ、当然と言えば当然か。1年生が、しかもまったく知らない英語の曲を演奏しているのだ。おそらく邦楽を聞いている人がほとんどだろう。

『なんだこいつら?』って顔をしている奴らもいる。

 実際、オレの前世でも『TOTO』や『Wham!』、『Culture Club』や『Duran Duran』を聴いているヤツはいたが、ハードロックやヘビメタは数えるほどしかいなかった。

 ああ、Bon Joviは多少いたかも。

 祐介を見ると、あいつも観客の反応に気づいたみたいだ。でも、ベースを弾く手は止めていない。悟くんはというと、相変わらずクールな表情でギターを弾いている。さすが先輩だ。

 高遠菜々子と近松恵美は、少し離れたところで驚いたような顔で見ているが、2人で何かひそひそ話をしている。




「ねえ、風間君、意外とかっこいいかも」

 菜々子の声が聞こえた。恵美もうなずいている。

「え? 実は私もいいなあって思ってたんだ」

 ……という会話が交わされたかどうかはわからないが、二人で話しながら顔を見合わせてはステージを見ていた。

 山本先輩は後ろの方で立って見ている。最初は驚いていたが、曲が進むにつれて少しずつ表情が和らいでいく。時折、足でリズムを取っているのが見えた。

 礼子も最前列ではないものの、美咲達とは少し離れたところで、恥ずかしそうにしながら演奏を聴いている。顔を赤らめて、ときどきオレの方をチラチラ見ている。

 黒川小百合は端の方で、曲が進むにつれて少しずつ体を揺らし始めた。祐介の方をじっと見つめている。これはもう、間違いない! 良かったな祐介。

「Come on, everybody! Let’s rock!」

 思わず叫んでいた。英語で大丈夫かな?  今さらかよ! 全部英語なのは最初だけ。途中は日本語とごちゃ混ぜだ。

 少しずつだけど、観客の反応が変わってきた気がする。体を揺らす人が増えてきた。それでもまだ、腕を組んでしかめっ面をしている奴らもいる。
 
「Next song is “Oriental Beat”! Let’s heat up this place!」

 オレの声が会場に響く。さあ、ここからが本当の勝負だ。




 全部の曲が終わって、サンキュー! とオレが言った時だった。

 突然、ダダン、ダダンとドラムの音が聞こえ、それにあわせてベースがリズムをとってギターが奏でられた。

 え? これってまさか? Bon JoviのRunaway……ええい! やけくそだ!

「オン ストリーツュ ウェユリヴ ガールズトカバウ ソーシャライヴス……」




 歌い終わって、しばらく何もできなかったが、すうーっと息を吸って、もう一度サンキュー! と言うと、どこからともなく拍手が沸き起こり、全員が拍手しているように見えた。

 な、なんだこれ、気持ちイー!

 お世辞なのは分かっている。とりあえず拍手しとけ、みたいなのもわかるんだが、なんだこの快感は!

 オレは後ろを振り向くとドラムの健二くんが笑っている。悟くんもだ。これ、わざとか? 祐介はオレをみて右手で親指を立てている。なんだ? ヤツは知ってたのか?

 あの野郎! とも思ったが、気持ちよさが断然強い!




 演奏が終わり、オレ達は楽器を片付けながらステージを降りようとしていた。

 汗が流れる顔を軽く拭い、何とかやり遂げたという達成感が全身に広がっている。観客の拍手の余韻が残っていて、脳裏に残ったその映像がリピートしているのを感じた。

 ふとステージの横を見ると、数人の女の子たちが集まってきて、オレ達に声をかけている。

 中には笑顔で『カッコよかったよ!』と言ってくれる子もいる。

 祐介はすでにベースを片付けながら軽く手を振って応えていた。相変わらず楽器を持つと別人だ。悟くんはそんな祐介を横目に見つつ、ギターを抱えたまま冷静な表情で片づけを進めている。

 その時だった。

 純美の姉、和美さんが悟くんのもとに走り寄り、何の前触れもなく悟くんにキスをした。悟くんは少し驚いた顔をしながらも、すぐに和美の肩を抱き寄せて微笑む。

 二人の姿を見た周りの女の子たちは『キャー♡』っと叫んでから、すぐに照れ笑いを浮かべて何かヒソヒソ話をしている。もちろんこのハートは愛情表現ではなく、現場を目撃した高揚感という意味だ。




 ちゅっ……。




 え?

 何が起こった?

 オレは突然の出来事に驚いて振り返った。そこには顔を真っ赤にした礼子がいた。

「あ、あの……すごく……かっこよかったよ」

 礼子は小さな声で言うと、すぐに目をそらして後ずさりした。オレは何も言えず、ただ呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 周りの女子たちが『キャー♡』と騒いでいる。さっきとはまた違う。生徒と知らない人の違いだろう。

 美咲、凪咲、純美の3人はポカンとした表情で礼子を見ている。

「おーい、悠真! 早く片付けるぞ」

 悟くんの冷静な声で、オレは現実に引き戻された。

 慌てて楽器の片付けを再開する。しかし、頭の中は礼子のキスのことでいっぱいだった。他の女子たちの視線も気になる。美咲たちはどんな表情をしているんだろう。

 ちょっと見る事ができない。




 由美子:「あの子、やるわね」




 美咲:「……驚いた。礼子って意外と積極的」

 凪咲:「まさか、あんなことするなんて……」

 純美:「あ、あれは……本当に礼子?」




 菜々子:「風間君、人気者だね……ライバルが多そう」

 恵美:「ねえ、私たちも……」




 オレは周りの反応に圧倒されながらも、なんとか楽器の片付けを続ける。

 頭の中は混乱し、心臓はまだバクバクしている。これからどうなるんだろう……。

 いや、いやいやいや! よしよしよし! と考えるべきだろう。こういう状況を周りに認知させる事ができれば、いいんだ。

 ハーレムへの道へまた一歩、進んだのである。

 気が、する。




 次回 第37話 (仮)『モテモテNYGと赤点のステージ』

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