第40話 『高遠菜々子とシーサイドモール』

 1985年(昭和60年)11月7日(木) <風間悠真>

「あのさ、12月からまた『毎度おさわがせします』始まるらしいな。あれ、まじすごかったよな。あの中山美穂のシャワーシーンは最高だったぜ。今度はもっとすごいの来るんじゃね?」

「ねえよ。そんなの期待しすぎだって」

 と、原田秀樹(1組)が2組(オレのクラス)に来て佐藤康介の机で言っているが、康介は笑い飛ばす。2人はオレと同じ小学校だ。横にはこれまた同じ小学校の豊島康夫がいた。

「いや、でも前回あんなのあったんだから、今回はもっとヤバいの来るかもしれないだろ?」

 と、興奮気味に秀樹が言う。

 ねえよ! いくらこの時代って言っても地上波であれ以上はない! しかも14歳の裸だから、今なら(令和)間違いなく児童ポルノ禁止法にひっかかるぞ。

「なあ、それよりも、あの中山美穂のおっぱいってさ、遠野や白石と同じくらいじゃね? 中山美穂は中3だから、オレ達と2歳しか違わねえだろ? 服の上から見た感じは……太田は間違いなくあれより大っきいな」

 ええ? 康夫、お前は前世でそんな感じだったか? もっと内向的だったような……。




「ほんっと、男子って馬鹿よね。それしか頭にないのかな」

 と、少し離れた席から聞こえてきたのは、クラスの女子の声だった。

「ねえ、真理。あんたもそう思わない?」

 長髪の小野静香が隣の席の中島真理に話しかけるが、真理は少し困ったような表情を浮かべながら答える。
 
「まあ……でも、男ってそんなもんじゃない? でも、あの……風間くんはちょっと違うんじゃないかな。話に加わってないし……」

 真理の言葉に、静香は少し驚いた表情を見せる。

「え? 風間? あいつもきっと内心では……」

 静香が言いかけたところで、真理が口を挟む。

「違うと思うな。風間くんって、なんか……考えてる感じがするじゃん。いつも音楽聴いてるし、なんかクールで大人っぽい感じ。文化祭のバンドもかっこ良かった♪」

「そう? 風間って、そんな風に見えるの?」

 静香は少し不思議そうな顔をして、悠真の方をもう一度見る。

「うん。あいつ、なんかミステリアスっていうか……。でも、確かにかっこいいよね」

 真理は少しほおを赤らめながら言う。

「へぇー、真理ってもしかして風間のこと……」

 静香が意味ありげに言うと真理は必死で否定する。

「え? ばか! そんなんじゃないよ」

 女子は女子でキャッキャやっているようだ。




「えーじゃあ遠野と白石どっちが大きいかな? あれんだら気持ちいいんだろうか? ああそうだ、意外に高島も柔らかそうだな」

「馬鹿! 気持ちいいのは揉まれた方の女だよ。オレ達はなんていうか、感触というか見て興奮するんだろ?」

 おい! もうその辺にしとけよ。オレの美咲と凪咲なぎさ純美あやみと礼子をオカズに話をすんじゃねえよ!

「お前ら、もうそれくらいでいいだろ? 女子もいるんだぞ」

 オレは席をたって康介の席にいき、言った。

「あれ? なんだ悠真も聞いてたのか」

 と康介が少し驚いた顔をした。

「聞こえてたよ。小声で言っても個人名がわかったぞ」

『毎度おさわがせ』の話は大声でしていたが、遠野~からはヒソヒソ声だった。

「なんだよ、お前だってそう思ってんだろ?」

 秀樹が悠真に向かって言う。

「いや、違うね。女子もいるんだから、もう少し配慮しろって事だ」

 オレは真剣な表情で答えた。本当は4人の話題だったからだ。実際、毎度~のドラマの話はどうでもいい。自分の女がズリネタみたいに扱われているのが12脳には我慢できなかったのだ。

 51脳は、まあそれは仕方ない、と思いつつも、12脳も気持ちもわからなくはなかった。




「ねえ風間くん、今日は初めてじゃないけど、なんだか緊張するね」

 実は学級委員に一緒になったときに、反対方向ではあったが菜々子にせがまれて帰った事があるのだ。放課後のバンド練習が終わり、菜々子も卓球部の練習が終わって、オレ達は裏門の階段のところで待ち合わせた。

「ああ、そうだな」

 オレは少し照れくさそうに答えた。12脳はドキドキしているが、慣れというのはあるのだろうか。美咲や凪咲、純美や礼子と帰るときもドキドキするが、今回の菜々子ほどではない。

「でも、緊張することないよ」

 オレ達2人は並んで歩き始めた。テストの話や部活の話、雑誌やテレビの話など、正直どうでもいい話をしながら時間が過ぎる。

 途中で菜々子が右手をオレの方に向けているような気がした。

 ん? なんだ?

 しばらくして菜々子は、『ん……』と小さくつぶやいて手を横に差しだす。

 あー! これあれか! 手をつないでの合図か。
 
 はいはい、じゃあサクッと手をつなごうかな……と51脳が手を動かそうとするが、12脳がストップをかける。

 ここで急に……どうしよう?

 どうしようもクソもあるか、向こうが誘ってんだからやらなきゃ失礼だろ?

 12脳はドキドキしながら、ゆっくりと手を伸ばす。菜々子の手に触れた瞬間、不思議な感覚が走る。柔らかくて温かい。菜々子の顔を見ると、彼女は『えへへ』とニコニコ顔になっていた。

 オレも思わず微笑んでしまう。

 うーん、青春っていいねえ。51脳はそう客観的に感じるが、12脳には新鮮なようだ。美咲や凪咲、純美や礼子ともさんざん手はつないでいるだろう?

「風間くん、手、温かいね」

 菜々子が小さな声で言う。

「そっか? 菜々子の手が冷たいんだよ」

 オレは立ち止まって菜々子の手を両手で握り、温度を確認する素振りを見せた。菜々子は顔を真っ赤にさせている。

「ん? どした?」

「だって……名前呼び、さっきまで高遠さんだったから……」

「え? ごめん、嫌だった? 嫌なら元に戻すけど」

「え? 違うの! 嫌じゃないよ! むしろ、すごく嬉しい!」

 菜々子は慌てて否定する。その表情は嬉しさと恥ずかしさが入り混じっているようだ。

「そっか。じゃあ、これからは菜々子って呼ぶね」

 オレはそう言って、また歩き始める。菜々子の手をしっかり握ったまま。

「うん! 私も……悠真くんって呼んでいい?」

 菜々子が恥ずかしそうに聞いてくる。

「ああ、全然いいよ。なんなら悠真でいい」

 オレはさらっと答えるが、正直言うと12脳は少しドキドキしている。

 しばらく無言で歩く。でも、この沈黙が気まずくない。むしろ、心地よい感じがする。

「ねえ、悠真くん。シーサイドモールで何しようか?」

「そうだな……」

 オレは少し考える。ゲーセンとかいく? と言いたいところだが、モールといってもほぼショッピングセンターだ。商店街に毛が生えた程度の規模だから、ゲームコーナーと言った方がただしい。

「ゲームコーナーもいいけど、飲み物買ってオープンテラスで話しながら飲もうよ。いい?」

「うん、どっちでもいいよ。悠真くんと一緒なら♡」

 菜々子の言葉に、オレの心臓が少し早く鼓動する。12脳が完全に主導権を握っている感じだ。51脳は、まあこういう経験も悪くないな、と思いながら見守っている。

 辺りはすでに暗くて店の灯りと海岸沿いの街灯が灯っている。




 閉店までいて菜々子を家に送ったが、オレが家に着いたのは9時半だった。




 いや、ちょっとこれ、考えないとまずいな。




 次回 第41話 (仮)『チャリを買って女と毎日毎回密着しよう』

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