第25話 『玉の浜海水浴場での生A○観賞体験』

 1985年(昭和60年)7月22日(月) 玉の浜海水浴場 <風間悠真>

 2回あった礼子の時の激痛とメッセージに関しては、深く考えないようにした。考えても答えは出ないだろうし、よくいう虫の知らせで終わらせたのだ。

 実家は農家だったが、この時期は暇だ。暇ではないのかもしれないが、子供のオレをかり出してまで、家族総出でやるほどでもない。田植えと稲刈りの時期がオレにとっての農繁期だ。

 なので、幸か不幸か、親戚のおじさんがやっている海の家を手伝う事になった。

 部活(同好会活動)もやらなくちゃいけないから、午前中は学校に行って、午後から海の家にいく。公式にはアルバイト禁止だったので、あくまで手伝い。そして小遣い(バイト代)をもらう。

 午前中より午後の方が忙しいので都合が良かった。じいちゃんのバイト代より少し安かったが、それでも海は好きだったのでオレ的には割のいいバイトだ。




「おーい、じゃあ悠真、これ、捨ててきてくれ」

「はーい」

 叔父さんは親父と違って社交的だったが、奥さんを早くに亡くしている。まだオレが小さいときだったので良く覚えていないが、綺麗な人だった。

 夏場しか開かない海の家でも、奥さんとの思い出がつまった場所だから、叔父さんは閉めずにずっと続けているのだ。

 玉の浜海水浴場は北東から南西にかけて逆くの字に曲がった玉の浜にある。

 県外からも観光客がくる人気のスポットで海の家は数件あるんだが、備え付けのゴミ捨て場までは収集車が来ない。だから1番近い、北東側の崖を越えた先にある集落のゴミ捨て場まで運んで捨ててくることになっている。

 リヤカーはなんとか中1の体でも引けたが、かなりきつい。




「ん? なんだ?」

 ふと海水浴場から離れた、大きな岩で隠された穴場スポット的な場所から、声が聞こえた。男と女の声だ。オレはリヤカーを止め、盗まれる物なんてないから放置して近づく。

 向こうからは死角になっていてこっちは見えない。オレがいるここも波打ち際に近く、すぐ海に入れるような場所だ。もちろん、海水浴場からは見えない。

「カズくん……」

「あかね。オレ、もう我慢できねえんだ。お前だってそうだろ?」

「……うん」

 岩の陰で男女が抱き合い、キスをしていた。男の顔も女の顔もよく見えるが、知らない。恐らく観光で来た大学生かなにかだろう。

「カズくん……好き」

「あかね、オレもだ。ずっと前から好きだった」

「……嬉しい」

 オレは目が離せない。
 
「あかね、いいだろ?」

「え? ……あ、ちょっと……」

 男は女の水着の上から胸を触ったり|揉《も》んだりしている。

「あ、待って……ダメよ。こんなとこで」

「いいだろ?  もう待てねえんだよ……」

 男が女を引っ張り、強引にキスをする。女が目をつむり、自分から男のキスに応え始めた。

「ん……あ……」

 当たり前だが2人の行為はエスカレートしていき、それを見ている12脳で中1のオレが耐えられるはずがない。
 
 2人の行為自体は15分ほどで終わったが、オレは海パンを脱いで海に入り、そのまま上がってタオルで拭いて海パンをはいた。

 そして何事もなかったかのようにゴミを捨て、叔父さんのいる海の家に戻った。

「おう! 遅かったな! 何やってたんだ?」

「あ、いや、別に……ごめんなさい!」

 叔父さんはそれ以上突っ込んでは聞いてこなかったが、オレはあの光景が脳裏から離れない。良くも悪くも幼少時の強烈な経験は大人になっても忘れないというけど、まさにこれなんだろう。

 オレは前世ではこういうシチュエーションに出くわしたことがない。おそらく多くの人がそうだろうな。

「じゃあ悠真!  さっそく手伝ってくれ」

「はい、叔父さん」

 オレはエプロンを身につけ、カウンターに立った。小学生の時に何度か見ていて覚えていたのだ。それに、2回目の人生だ。慣れたものである。
 
 注文を受け、かき氷を作り、ときにはビールを運ぶ。単純な作業の繰り返しだが、51歳の記憶を持つオレにとっては、懐かしくも新鮮な体験だった。

 前世では味わえなかった、12歳の体で働く不思議な充実感。

 それと同時に、大人の経験を持つがゆえの違和感。前世のオレは中学生の時にアルバイトなんて、したことなかったのだ。初めてのアルバイトが高校生の時のオランダ村だった。

 客足が一段落したところで、叔父さんが声をかけてきた。

「悠真、ちょっと休憩しろ。ジュース飲むか?」

「ありがとうございます」

 冷えたオレンジジュースを一気に飲み干す。本当はスーパードライか一番搾りが飲みたいが、残念ながらまだ発売されていない。麦酒は修学旅行で飲んだが、免疫がないことに気付いた。

 そもそも、外見は中学生だ。

 だから時々、親父やお袋の目を盗んでは冷蔵庫のビールを盗み飲みして、ケースから冷蔵庫に補充しておく。寝る前にやるから、今のところバレていない。
 
 しばらくすると再び客が増え始めた。
 
 中でも目を引いたのは、若い男女のカップル達だった。大学生くらいだろう。サークルのプチ旅行のようで、長崎から来たのかもしれないし、福岡からかもしれない。
 
 どこからかはわからなかった。

 彼らは親密そうに寄り添い、何やら内緒話をしている。オレは思わず目を逸らした。大人のオレなら気にも留めない光景だが、12歳の体は素直に反応してしまう。

 その中の1組が、さっき岩陰で見かけたカップルだった。2人は他の仲間とおしゃべりをしているが、時折目が合うと照れくさそうに視線を逸らす。オレは知らん顔を装いながらも、つい2人の様子が気になってしまう。

「悠真、お茶とコーラね」

 叔父さんの声で我に返る。

「はい、分かりました」

 注文を運びながら、ついカップルの方に目が向いてしまう。女の子……確か『あかね』と呼ばれていた彼女が、オレと目が合った。一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに優しく微笑んでくれた。

 オレは慌てて視線を逸らし、カウンターに戻る。心臓が高鳴るのを感じた。12脳はこんな些細なことでも動揺してしまうのか。

 午後5時を過ぎ、海水浴客が徐々に減り始めた。叔父さんが声をかけてくる。

「悠真、今日はここまでにしようか。お疲れさん」

「はい、ありがとうございます」

 エプロンを外して着替えを済ませると、叔父さんが小さな封筒を差し出してきた。

「はい、今日の分だ。がんばったな」

「ありがとうございます」

 封筒を受け取り、中身を確認する。予想以上の金額に、思わず目を見開いてしまった。

「え?  これ……」

「いいんだ、受け取りな。お前がいてくれて助かったよ」

 叔父さんは優しく微笑んだ。オレは深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。また明日も来ます」




 ジリリリリリリン……。

 電話のベルが鳴った。黒電話だ。田舎+この時代。そして塩や砂ぼこりに強いのは、黒電話だとわかっている。プッシュ式は16年前にサービスを開始していたが、やっぱり丈夫なのは黒電話なのだ。




「はいもしもし。海の家玉乃家です。おーなんだ? うん、うん、え? 3人も? いや、そりゃあオレは助かるけど大丈夫なの? 結構キツいよ。うん、うん。まあそれなら……わかった。じゃあ昼からね。うん、ありがとう」

 叔父さんは誰かと話しているようだが、明日から他にアルバイトが来るって話らしい。まあ、人が増えれば楽になるし、いっか。

 海の家を後にする時、カップルたちのグループとすれ違った。『あかね』と目が合い、彼女が小さく会釈をしてきた。オレも慌てて頭を下げる。

 彼女の彼氏……『カズくん』だったか……がオレの方を不思議そうに見ていた。まさか、オレが岩陰で見ていたことに気づいたわけではないだろう。

 家に向かう道すがら、今日の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。岩陰でのカップルの行為、海の家での仕事、そして『あかね』との目が合った瞬間。




 51脳の理性をもった12脳のオレ。しょっぱなから衝撃的な1日だったが、明日も頑張ろう。




 次回 第26話 (仮)『美咲と凪咲なぎさと純美とオレと』

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